週刊 奥の院 9.28

■ 中野美代子 『なぜ孫悟空のあたまには輪っかがあるのか?』 岩波ジュニア新書 820円+税 
 カバー他イラスト、坂田靖子
 そのカバーの孫悟空の絵。彼の武器・如意金箍棒(にょいきんこぼう)の先端の輪と悟空の頭の輪。この二つの輪に深い訳がある。
 中野は北海道大学名誉教授、中国文学研究。岩波文庫西遊記』全10巻の訳者。
西遊記』は長い物語だが、あらすじはよく知られている。全巻通読した人は少ないでしょう。

……途中でほうりだしてしまうのは、あらすじだけを追いかけているからです。『西遊記』のおもしろさは、あらすじにはありません! では、どこにあるのか?
 細部です。つまり、あらすじのような骨組ではなく、細かい部分です。でも、全体を読み終えていないのに、細かい部分なんて、わかるはずはありませんね。そのとおりですが、安心してください。……

 中野先生がガイドしてくれます。

? 龍より強く金属に弱い孫悟空
? 三蔵のお供は虎からサルへ
? 『西遊記』ができるまで
? お供の弟子たち、全員集合!
? いざ、西天取経の旅へ!
? 脇役たちもおもしろい
? 苦難のかずかず、乗りこえて
? 時間と空間を自由にまたぐ
? 『西遊記』はなぜ数学にこだわるのか?

 
 唐の時代、玄奘三蔵が経典を求めてインドに行き、持ち帰ったことは史実。
西遊記』が完成したのは約900年後の明の時代。史実に神話・伝説、仏教・道教・陰陽五行思想が加えられている。
西遊記』は1592年南京の世徳堂(出版社)が出版。元(げん)の時代にも出版されたらしいが現存していない。
 作者名はないが、「呉承恩」という説が信じられている。呉は実在の人物で著作もあるが、作者という証拠はない。また、一人で書ける物語ではない。

……おそらく、すぐれたリーダーを中心とする、数人からなるグループだったのではないでしょうか。それも、自分たちの正体がばれない(原文傍点)ように覆面したグループだったのでは?
(なぜ?)
……『西遊記』という小説は、おもて向きは一から十まで仏教的、そして反道教的なのですが、ひと皮むくと、その仏教をからかったり、批判しているところが山ほどあるのです。……
(例をあげる。孫悟空という姓名を与えた須菩堤祖師(しゅぼだいそし)は道教の仙人だが、お釈迦さまの十大弟子の名をつけている。仏教からするととんでもないこと。また、三蔵一行がようやく経典をいただくときに、お釈迦さまの弟子が賄賂を要求。三蔵が拒否すると、字の書いていない経典を渡された)
……仏教と道教は、元のころから仲がよくありませんでした。とくに、道教のなかでも不老不死の丹(薬)をつくる煉丹術師たちは、秘密の記号や暗号を操作するのが得意でした。そんな煉丹術師たちは、秘密の記号や暗号を操作するのが得意でした。そんな煉丹術師たちのグループが、丹ならぬ『西遊記』という世界を煉りあげたにちがいありません。

 さて、孫悟空の輪。仙人から神通力をもらい、それをいいことに三蔵の言うことを聞かず逃走。観音様が現われて三蔵に頭巾をくれ、それが悟空の頭に輪っかになる。金箍(=たが)。三蔵が呪文を唱えると悟空の頭は痛くなる。如意棒は龍王の館の鉄の柱。龍王は最初刀を渡そうとするが、悟空は「刀は苦手」と。重い鉄の棒を自在に操れるのは両端の金箍のせいで、鉄の力を弱めている。
 悟空はサルだが、石から生まれ鉱物の性質、金属をきらう水の妖怪の性質、しかし、鉄の団子を食べ銅のスープを飲むという金属の性質。
「金属」と悟空の関係が明らかにされる。
 謎はほかにもたくさんある。



◇ うみふみ書店日記
 9月27日 金曜
「朝日」 「消える灯火 (2) 1.17感じた本の力」 http://www.asahi.com/area/hyogo/articles/MTW1309272900003.html
 京都のTさん(【海】で回文を作ってくれた詩人で僧で書物愛好家)来店。記念写真。
 S潮社Gさん、本をたくさんお買い上げ。
 B芸社Kさん、私に餞別、「スワローズ・グッズ」。彼は虎キチ
 バイト君OB・OG、営業さんが何人も。トーハンの人たち。女子の古本屋さん。
 児童書の顧客さん、『眼』お買い上げでサイン。恥ずかしがりながらも堂々とサイン。
 NR出版会から【海】写真集大量注文。明日発売の【海】透視図も注文。
 荒蝦夷から『ちくま』、H代表が【海】との関わりを書いてくれている。
『「本屋」は死なない』のIさん来店。
 京都の「観音様」からお葉書。
 皆さんありがとうございます。
 

 28日から30日、「くとうてん」と「荒蝦夷」のコーナーがレジ横に出店
『ほんまに』バックナンバー、『港町神戸鳥瞰図』『海文堂透視図』『仙台学』『仙台暮らし』(伊坂幸太郎サイン入り)などなど。

(平野)

週刊 奥の院 9.27

今週のもっと奥まで〜 
■ 村上春樹 編訳 『恋しくて  Ten Selected Love Stories』 中央公論新社 1800円+税
 村上春樹が、『ニューヨカー』や短編集から選んで訳した世界のラブ・ストーリー。それぞれの作品に「恋愛甘苦度」を表示。春樹の書き下ろしも一篇。
 紹介作品。ペーター・シュタム『甘い夢を』。スイスの作家。
 新婚夫婦、幸せで平凡な日常。それでもなんでもないことですきま風。近所でイヤな事件も起きる。
 ララとシモン、仕事を終えると待ち合わせて帰る。バスの中、かかっている音楽は「甘い夢」。家に着いて、彼は階下のレストランにワインを買いにいく。なかなか戻ってこないので、彼女も降りていく。彼は店のテレビを修理してあげていた。店の主人は客たちと最近の事件について話をしている。二人は部屋に戻る。彼女は鍋を火にかけたままだった。ちょいと口ゲンカ。彼女がワインのコルクを抜こうとしている。

……
「悪かったよ」と彼は言った。「たしかに僕が悪かった」
 彼女はボトルを下に置き、まるで仲直りを求めるかのように言った。「あなたが開けてよ」
 シモンは、さあ何が起こるかわからないぞというような、どことなく神妙な表情を顔に浮かべ、娘の両腕をゆっくりと押し下げた。ぽんという明るい音がして、ボトルからコルクが抜けた。
 シモンはにっこり笑ってララを見た。彼女は両腕を彼の身体にまわし、キスし始めた。何度も彼にキスをし、それから彼のシャツのボタンをはずそうとした。
 シモンは自分がそれをどこに置こうとしているか見もしないで、コルク抜きをしたに置いた。二人はしっかりと唇をくっつけたまま、お互いの服を脱がせ、それをそのまま床に落とした。ぴったりとしたジーンズが脚にからまって、シモンは危うく転びそうになった。彼はララにつかまってなんとか体勢を立て直した。彼女のブラのフックを外そうと懸命になっているところだった。二人が裸になったとき、ララはイケアで買ってきたココナッツのマットの上に横になった。そしてシモンは彼女の両脚の間に膝をついた。彼は彼女の中に入ろうとしたが、うまくいかなかった。
「ベッドに行った方がいいんじゃないか」と彼は言った。「ちょっと待って」とララは言って、居間に行って、ソファのクッションをひとつ持って戻ってきた。彼女はまた横になり、クッションを身体の下に置いた。マットは生地が粗く、背中がちくちくしたが、彼女は気にしなかった。やがてシモンは彼女から離れ、となりに横になった。それで彼が達したのだと彼女にはわかった。
 ララの興奮はまだ続いていて、彼のものを……。


◇ うみふみ書店日記
 9月26日 木曜
 休み。「週刊奥の院」最終号。
夕方から三宮。欲しい本がある。J堂に。まだ出ていなかった。顧客のOさんと遭遇。なんか恥かしい。
東京からSさん、大阪T出版Iさん、Kさん、K出版社Tさん、それに重鎮Kさん、【海】から店長、Tと私。「カルメン」。


(平野)

週刊 奥の院 9.27

今週のもっと奥まで〜 
■ 村上春樹 編訳 『恋しくて  Ten Selected Love Stories』 中央公論新社 1800円+税
 村上春樹が、『ニューヨカー』や短編集から選んで訳した世界のラブ・ストーリー。それぞれの作品に「恋愛甘苦度」を表示。春樹の書き下ろしも一篇。
 紹介作品。ペーター・シュタム『甘い夢を』。スイスの作家。
 新婚夫婦、幸せで平凡な日常。それでもなんでもないことですきま風。近所でイヤな事件も起きる。
 ララとシモン、仕事を終えると待ち合わせて帰る。バスの中、かかっている音楽は「甘い夢」。家に着いて、彼は階下のレストランにワインを買いにいく。なかなか戻ってこないので、彼女も降りていく。彼は店のテレビを修理してあげていた。店の主人は客たちと最近の事件について話をしている。二人は部屋に戻る。彼女は鍋を火にかけたままだった。ちょいと口ゲンカ。彼女がワインのコルクを抜こうとしている。

……
「悪かったよ」と彼は言った。「たしかに僕が悪かった」
 彼女はボトルを下に置き、まるで仲直りを求めるかのように言った。「あなたが開けてよ」
 シモンは、さあ何が起こるかわからないぞというような、どことなく神妙な表情を顔に浮かべ、娘の両腕をゆっくりと押し下げた。ぽんという明るい音がして、ボトルからコルクが抜けた。
 シモンはにっこり笑ってララを見た。彼女は両腕を彼の身体にまわし、キスし始めた。何度も彼にキスをし、それから彼のシャツのボタンをはずそうとした。
 シモンは自分がそれをどこに置こうとしているか見もしないで、コルク抜きをしたに置いた。二人はしっかりと唇をくっつけたまま、お互いの服を脱がせ、それをそのまま床に落とした。ぴったりとしたジーンズが脚にからまって、シモンは危うく転びそうになった。彼はララにつかまってなんとか体勢を立て直した。彼女のブラのフックを外そうと懸命になっているところだった。二人が裸になったとき、ララはイケアで買ってきたココナッツのマットの上に横になった。そしてシモンは彼女の両脚の間に膝をついた。彼は彼女の中に入ろうとしたが、うまくいかなかった。
「ベッドに行った方がいいんじゃないか」と彼は言った。「ちょっと待って」とララは言って、居間に行って、ソファのクッションをひとつ持って戻ってきた。彼女はまた横になり、クッションを身体の下に置いた。マットは生地が粗く、背中がちくちくしたが、彼女は気にしなかった。やがてシモンは彼女から離れ、となりに横になった。それで彼が達したのだと彼女にはわかった。
 ララの興奮はまだ続いていて、彼のものを……。


◇ うみふみ書店日記
 9月26日 木曜
 休み。「週刊奥の院」最終号。
夕方から三宮。欲しい本がある。J堂に。まだ出ていなかった。顧客のOさんと遭遇。なんか恥かしい。
東京からSさん、大阪T出版Iさん、Kさん、K出版社Tさん、それに重鎮Kさん、【海】から店長、Tと私。「カルメン」。


(平野)

週刊 奥の院 9.26

■ 野崎六助 『異端論争の彼方へ  埴谷雄高花田清輝吉本隆明とその時代』 インパクト出版会 1900円+税
 野崎は1947年東京生まれ、作家・評論家。『魂と罪責 もうひとつの在日朝鮮人文学論』『復員文学論』など著書多数。1992年『北米探偵小説論』で日本推理作家協会賞

 本書は一つの敗北をめぐる物語だ。
 教訓を示すためではない。ましてや、寓話の試隆明の軌跡が描かれる。肖像画ではない。墓碑銘でもない。本書はしばしば彼らを審判台に立たせるだろうが、それは、彼らの時代を後代の高見から訴追するためではない。わたしはむしろ、彼らを陽気な同時代人として、かたわらに同期させつづけたい。......


序  忠誠と幻視のはざまで 
Ⅰ  三人の異端審問がはじまる
第1章 俺は何か悟ったような気になったぜ(一九三三年)埴谷雄高
第2章 生涯を賭けてただ一つの歌を(一九四一年)花田清輝
第3章 おれが讃辞と富を獲たら捨ててくれ(一九五四年)吉本隆明
Ⅱ  異数の世界におりていく
第4章 花田清輝よ、そこには厳粛な愚劣があった(一九五六年)埴谷−花田論争
第5章 ぼくは拒絶された思想としてその意味のために生きよう(一九五七−六〇年)
第6章 死者の数を数えろ、墓標を立てろ(一九六二−六四年)
第7章 俺たちは彼らを〈あちらの側〉に預けておく
第8章 資本主義は勝利することによって、資本主義はすべてに勝利する(一九八四年)吉本−埴谷論争
Ⅲ  〈帝国〉はけっして滅びない(二〇一三年)



 3人による3つの論争がある。
(一) 埴谷−花田。1956年を中心にした「忠誠と幻視」。
「忠誠」=日本共産党とその主導による文学運動への「忠誠」。
 埴谷は非合法時代の活動家として「忠誠」の時期があり、その後離脱。
 花田は戦後、党に「忠誠」。
「幻視」=かつて革命を先導し、扇動する前衛集団が存在し、その集団の権威が地に堕ちる=幻の党になる。
(二) 花田−吉本。1957〜60年、戦争責任、戦時下抵抗。
 戦時中、戦争詩を書いていた詩人が戦時中に抵抗していたと、文壇に登場。吉本は、「転向」はあり得るが、それと「戦争協力」は違う、と。
花田は、詩人たちを糾弾するのではなく、時代と関連させ戦後の芸術運動を高揚させることで乗り越えるべき、と。
(三) 吉本−埴谷。1984年、資本主義の勝利=コム・デ・ギャルソン論争。
 リアルタイムで知るのはこれだけ。
 吉本が『anan』にコム・デ・ギャルソンを着て登場。埴谷が「資本主義のぼったくり商品......」と批判。吉本は消費社会を肯定。

......指摘しておきたいのは、「三」が二〇年以上前の「二」の未決の論点を不徹底に引きずっていたことだ。そのあいだの時期、埴谷と吉本は「友好関係」を保っていたわけだが、「友好」は早晩、決裂していくはずだった。ことは両者の個別の個性によるものではない。簡略にいえば、異端論争に関わった者らには訣別しかありえない。訣別が後れて出現した、ということだ。「二」において、埴谷は吉本の側についた。吉本の勝利を宣告したのも埴谷だった。埴谷の公正でない介入は「二」が「一」とほとんど連続していたことからも説明できる。「一」は不徹底な対立に終わり、「二」の結果、埴谷−吉本の同盟関係が恒常化したような成り行きになったが、「一」の不徹底は、二人の同盟にもそのまま持ちこまれていった。その同盟によって、両者の絶対的な対立が消え去るには到らなかった。彼らは、ただ、異端論争がその当事者におわせる宿命にしたがっただけなのである。
 対立は循環し、非和解に還った。

    


◇ うみふみ書店日記
9月25日 水曜 
「朝日」神戸版で連載開始。「消える灯火 海文堂書店閉店」(全4回予定)。 http://www.asahi.com/area/hyogo/articles/MTW1309252900004.html
 

 ロフ子さん、重ね重ねありがとう。
サンデー毎日』をご覧ください。 
http://mainichi.jp/feature/news/20130924org00m040006000c.html
『jissun  特集 東北の福祉を実寸で読み解く』(実寸委員会 952円+税)
 東北各地の福祉作業所で生産される「工芸品」=授産品を実寸サイズで紹介。
「福祉と民芸と生活の距離をぐっとちぢめてくれるよい本」
http://jissun.web.fc2.com/

 
 鳥瞰図絵師・青山大介による「海文堂書店絵図」が、28日から30日まで【海】で販売されます。他に、「ほんまに」バックナンバー、「荒蝦夷」の本も並びます。

 
 今日もGFがいっぱいで、普通なら仕事どころじゃないはずなのに、レジに釘付けでお話できない状態。不義理。みんな、きっといつかデートしようね! 

 
 何冊も買ってくださった見目麗しき方、『本屋図鑑』を出されて私にサインせよと仰せ。見ると、見たことある名前が数名、すでにサインされている。誰と言わないが、吉祥寺の花○さんは失敗して書き直しておる。「おい、こら、人様のご本をなんと心得おるか!」。
 私が代わりにお詫びして、おまけをお渡ししておいた。

 
 昨日のこと。夕方の休憩でイスに座ってボーっとしていたら、同僚が「魂抜けたみたいですよ......」。わては、真っ白になった「ジョー」か?

 
 グレゴリさんからのレター(写真)。
 わては、「ちんき堂」看板の「ヘンタイおやじ」か?

(平野)

週刊 奥の院 9.26

■ 野崎六助 『異端論争の彼方へ  埴谷雄高花田清輝吉本隆明とその時代』 インパクト出版会 1900円+税
 野崎は1947年東京生まれ、作家・評論家。『魂と罪責 もうひとつの在日朝鮮人文学論』『復員文学論』など著書多数。1992年『北米探偵小説論』で日本推理作家協会賞

 本書は一つの敗北をめぐる物語だ。
 教訓を示すためではない。ましてや、寓話の試隆明の軌跡が描かれる。肖像画ではない。墓碑銘でもない。本書はしばしば彼らを審判台に立たせるだろうが、それは、彼らの時代を後代の高見から訴追するためではない。わたしはむしろ、彼らを陽気な同時代人として、かたわらに同期させつづけたい。......


序  忠誠と幻視のはざまで 
?  三人の異端審問がはじまる
第1章 俺は何か悟ったような気になったぜ(一九三三年)埴谷雄高
第2章 生涯を賭けてただ一つの歌を(一九四一年)花田清輝
第3章 おれが讃辞と富を獲たら捨ててくれ(一九五四年)吉本隆明
?  異数の世界におりていく
第4章 花田清輝よ、そこには厳粛な愚劣があった(一九五六年)埴谷−花田論争
第5章 ぼくは拒絶された思想としてその意味のために生きよう(一九五七−六〇年)
第6章 死者の数を数えろ、墓標を立てろ(一九六二−六四年)
第7章 俺たちは彼らを〈あちらの側〉に預けておく
第8章 資本主義は勝利することによって、資本主義はすべてに勝利する(一九八四年)吉本−埴谷論争
?  〈帝国〉はけっして滅びない(二〇一三年)



 3人による3つの論争がある。
(一) 埴谷−花田。1956年を中心にした「忠誠と幻視」。
「忠誠」=日本共産党とその主導による文学運動への「忠誠」。
 埴谷は非合法時代の活動家として「忠誠」の時期があり、その後離脱。
 花田は戦後、党に「忠誠」。
「幻視」=かつて革命を先導し、扇動する前衛集団が存在し、その集団の権威が地に堕ちる=幻の党になる。
(二) 花田−吉本。1957〜60年、戦争責任、戦時下抵抗。
 戦時中、戦争詩を書いていた詩人が戦時中に抵抗していたと、文壇に登場。吉本は、「転向」はあり得るが、それと「戦争協力」は違う、と。
花田は、詩人たちを糾弾するのではなく、時代と関連させ戦後の芸術運動を高揚させることで乗り越えるべき、と。
(三) 吉本−埴谷。1984年、資本主義の勝利=コム・デ・ギャルソン論争。
 リアルタイムで知るのはこれだけ。
 吉本が『anan』にコム・デ・ギャルソンを着て登場。埴谷が「資本主義のぼったくり商品......」と批判。吉本は消費社会を肯定。

......指摘しておきたいのは、「三」が二〇年以上前の「二」の未決の論点を不徹底に引きずっていたことだ。そのあいだの時期、埴谷と吉本は「友好関係」を保っていたわけだが、「友好」は早晩、決裂していくはずだった。ことは両者の個別の個性によるものではない。簡略にいえば、異端論争に関わった者らには訣別しかありえない。訣別が後れて出現した、ということだ。「二」において、埴谷は吉本の側についた。吉本の勝利を宣告したのも埴谷だった。埴谷の公正でない介入は「二」が「一」とほとんど連続していたことからも説明できる。「一」は不徹底な対立に終わり、「二」の結果、埴谷−吉本の同盟関係が恒常化したような成り行きになったが、「一」の不徹底は、二人の同盟にもそのまま持ちこまれていった。その同盟によって、両者の絶対的な対立が消え去るには到らなかった。彼らは、ただ、異端論争がその当事者におわせる宿命にしたがっただけなのである。
 対立は循環し、非和解に還った。

    


◇ うみふみ書店日記
9月25日 水曜 
「朝日」神戸版で連載開始。「消える灯火 海文堂書店閉店」(全4回予定)。 http://www.asahi.com/area/hyogo/articles/MTW1309252900004.html
 

 ロフ子さん、重ね重ねありがとう。
サンデー毎日』をご覧ください。 
http://mainichi.jp/feature/news/20130924org00m040006000c.html
『jissun  特集 東北の福祉を実寸で読み解く』(実寸委員会 952円+税)
 東北各地の福祉作業所で生産される「工芸品」=授産品を実寸サイズで紹介。
「福祉と民芸と生活の距離をぐっとちぢめてくれるよい本」
http://jissun.web.fc2.com/

 
 鳥瞰図絵師・青山大介による「海文堂書店絵図」が、28日から30日まで【海】で販売されます。他に、「ほんまに」バックナンバー、「荒蝦夷」の本も並びます。

 
 今日もGFがいっぱいで、普通なら仕事どころじゃないはずなのに、レジに釘付けでお話できない状態。不義理。みんな、きっといつかデートしようね! 

 
 何冊も買ってくださった見目麗しき方、『本屋図鑑』を出されて私にサインせよと仰せ。見ると、見たことある名前が数名、すでにサインされている。誰と言わないが、吉祥寺の花○さんは失敗して書き直しておる。「おい、こら、人様のご本をなんと心得おるか!」。
 私が代わりにお詫びして、おまけをお渡ししておいた。

 
 昨日のこと。夕方の休憩でイスに座ってボーっとしていたら、同僚が「魂抜けたみたいですよ......」。わては、真っ白になった「ジョー」か?

 
 グレゴリさんからのレター(写真)。
 わては、「ちんき堂」看板の「ヘンタイおやじ」か?

(平野)

週刊 奥の院 9.25

■ 三木清 『読書と人生』 講談社文芸文庫 1200円+税 
 三木清(1887〜1945)、兵庫県揖保郡(現・たつの市)生まれ、哲学者。一高卒業後、京都帝国大学西田幾多郎に師事。ドイツ留学ではハイデカーに学ぶ。27年法政大学教授。岩波文庫の「読者子に寄す――岩波文庫発刊に際して」の草案を作った。30年、治安維持法で検挙され教授退任。40年、岩波新書『哲学入門』がベストセラーに。45年6月、治安維持法で逮捕され、敗戦後の9月26日拘置所内で獄死。
 本書、42年小山書店刊、74年新潮文庫
「読書遍歴」

 今日の子供が学校へも上らない前から既にたくさんの読み物を与えられていることを幸福と考えてよいのかどうか、私にはわからない。私自身は、小学校にいる間、中学へ入ってからも初めの一二年の間は、教科書よりほかの物は殆ど何も見ないで過ぎてきた。学校から帰ると、包を放り出して、近所の子供と遊ぶか、家の手伝いをするというのがつねであった。私の生まれた所は池一つ越すと竜野の街になるのであるが、私は村の小学校に通い、その頃の普通の農家の子供と同じように読み物は何も与えられないで暮してきた。……

 雑誌というものを初めて見たのは小6の時、医者の子供に博文館の『日本少年』を見せてもらう。学校の先生が俳人で、作文の時間に生徒と俳句。子規、蕪村、芭蕉を知った。読書に興味をもつのは中3の時。国語の教師が副読本として徳富蘆花の『自然と人生』を読ませた。解釈など教えてくれず、ただ繰り返して読め、と命じられた。三木は蘆花が好きになり、自分でも本を買って読む。

……
 私が蘆花から影響されたのは、それがその時まで殆ど本らしいものを読んだことのなかった私の初めて接したものであること、そして当時一年ほどの間は殆どただ蘆花だけを繰り返して読んでいたという事情に依るところが多い。
四書五経素読は既に廃れていたよう)
……今日の子供の多くは容易に種々の本を見ることができる幸福をもっているのであるが、そのために自然、手当たり次第のものを読んで捨ててゆくという習慣になり易い弊がある。これは不幸なことであると思う。


「如何に読書すべきか」
 

 先ず大切なことは読書の習慣を作るということである。……
 読書は一種の技術である。……
 如何に読むべきかという問題は何を読むべきかという問題と関聯している。……
 善いものを読むということと共に正しく読むということが大切である。……

「書物の倫理」

 善い本を繰り返して読むということは平凡な、しかし思い出す毎に身につまされる読書の倫理だ。繰り返して読む愛読書をもたぬ者には、その人もその思想も性格がないものである。ひとつの民族についても同様であって、民族が繰り返して読む本をもっているということは必要だ。それが古典といわれるものである。……


◇ うみふみ書店日記 
  9月24日 火曜
 昨日、私が帰ったあと、名古屋のGF・K子さんが来てくれた。どうしてアンポンタン取ってくれないの? 私のこと嫌いなん? そうかもしれん……。
 おみやげ、「生ビール模様ブックカバー」と名古屋・東海限定お菓子。
 ありがとう。でも、いつ会えるのだろう……。

 
平日でも「バブル」変わらず。「写真集」は売り切れ。25日再入荷します。


 仙台ロフ子さんの「女のひとり飯」(月刊ミシマガジン) 第6回「神戸の夜は車窓めし」
 http://www.mishimaga.com/onna-hitori/006.html
 「豚まんハフハフロフ子さん」。クマキをべっぴんに、平野をクールに描いてくれてありがとう。
 また会いましょう。

(平野)

週刊 奥の院 9.25

■ 三木清 『読書と人生』 講談社文芸文庫 1200円+税 
 三木清(1887〜1945)、兵庫県揖保郡(現・たつの市)生まれ、哲学者。一高卒業後、京都帝国大学西田幾多郎に師事。ドイツ留学ではハイデカーに学ぶ。27年法政大学教授。岩波文庫の「読者子に寄す――岩波文庫発刊に際して」の草案を作った。30年、治安維持法で検挙され教授退任。40年、岩波新書『哲学入門』がベストセラーに。45年6月、治安維持法で逮捕され、敗戦後の9月26日拘置所内で獄死。
 本書、42年小山書店刊、74年新潮文庫
「読書遍歴」

 今日の子供が学校へも上らない前から既にたくさんの読み物を与えられていることを幸福と考えてよいのかどうか、私にはわからない。私自身は、小学校にいる間、中学へ入ってからも初めの一二年の間は、教科書よりほかの物は殆ど何も見ないで過ぎてきた。学校から帰ると、包を放り出して、近所の子供と遊ぶか、家の手伝いをするというのがつねであった。私の生まれた所は池一つ越すと竜野の街になるのであるが、私は村の小学校に通い、その頃の普通の農家の子供と同じように読み物は何も与えられないで暮してきた。……

 雑誌というものを初めて見たのは小6の時、医者の子供に博文館の『日本少年』を見せてもらう。学校の先生が俳人で、作文の時間に生徒と俳句。子規、蕪村、芭蕉を知った。読書に興味をもつのは中3の時。国語の教師が副読本として徳富蘆花の『自然と人生』を読ませた。解釈など教えてくれず、ただ繰り返して読め、と命じられた。三木は蘆花が好きになり、自分でも本を買って読む。

……
 私が蘆花から影響されたのは、それがその時まで殆ど本らしいものを読んだことのなかった私の初めて接したものであること、そして当時一年ほどの間は殆どただ蘆花だけを繰り返して読んでいたという事情に依るところが多い。
四書五経素読は既に廃れていたよう)
……今日の子供の多くは容易に種々の本を見ることができる幸福をもっているのであるが、そのために自然、手当たり次第のものを読んで捨ててゆくという習慣になり易い弊がある。これは不幸なことであると思う。


「如何に読書すべきか」
 

 先ず大切なことは読書の習慣を作るということである。……
 読書は一種の技術である。……
 如何に読むべきかという問題は何を読むべきかという問題と関聯している。……
 善いものを読むということと共に正しく読むということが大切である。……

「書物の倫理」

 善い本を繰り返して読むということは平凡な、しかし思い出す毎に身につまされる読書の倫理だ。繰り返して読む愛読書をもたぬ者には、その人もその思想も性格がないものである。ひとつの民族についても同様であって、民族が繰り返して読む本をもっているということは必要だ。それが古典といわれるものである。……


◇ うみふみ書店日記 
  9月24日 火曜
 昨日、私が帰ったあと、名古屋のGF・K子さんが来てくれた。どうしてアンポンタン取ってくれないの? 私のこと嫌いなん? そうかもしれん……。
 おみやげ、「生ビール模様ブックカバー」と名古屋・東海限定お菓子。
 ありがとう。でも、いつ会えるのだろう……。

 
平日でも「バブル」変わらず。「写真集」は売り切れ。25日再入荷します。


 仙台ロフ子さんの「女のひとり飯」(月刊ミシマガジン) 第6回「神戸の夜は車窓めし」
 http://www.mishimaga.com/onna-hitori/006.html
 「豚まんハフハフロフ子さん」。クマキをべっぴんに、平野をクールに描いてくれてありがとう。
 また会いましょう。

(平野)