週刊 奥の院 9.21

■ 四方田犬彦 『白土三平論』 ちくま文庫 1000円+税 
 1953年生まれ。宗教学、比較文学。大学で教鞭のかたわら他分野にわたって評論・翻訳活動。サントリー学芸賞伊藤整文学賞桑原武夫学芸賞など。
 本書は漫画評論、2004年作品社より刊行。文庫化にあたり、白土三平先生との一夜」を加える。
? 漫画家になるまで  ? 初期の貸本漫画  ? 『忍者武芸帳』  ? 六〇年代前半の長編  ? 六〇年代前半の短編  ? カムイ伝  ? 『神話伝説』と『女星』  ? カムイのその後  ? 白土三平の食物誌  ? 結論

 白土三平の漫画に圧倒的な影響を受けてきたことを告白する。

……
 微塵隠れの術を本気で試してみようと思った。一九六三年の秋、十歳のときのことである。月刊雑誌『少年』に連載されている忍者漫画『サスケ』(一九六一〜六六)のなかで、主人公の少年が努力に努力を重ねてついに成功するこの忍術を、自分の手で実験してみようと決心したのである。
 いくら木の葉を重ねて撒き散らしても、木の葉隠れの術ができないことは、すでに原っぱに同級生たちを呼び出してみたときに体験的にわかっていた。昆虫にしか聴こえない超音波を口にして、彼らを呼び集めるという虫遁の術にしたところで、口のなかで唸ってみてもいっこうに効果がないことから、挫折していた。オボロ影の術は装置が複雑すぎて子供には無理だし、分身の術はとても体力がおいつきそうにない。いろいろ悩んだあげくに、微塵隠れならばなんとか工夫すればできそうだし、効果が派手だという結論に達した。

「微塵隠れ」とは、洞窟に敵を誘いこみ、仕込んでおいた火薬に点火、爆発させる。自分も危険。前もって穴を掘っておいて身を隠す。呼吸のために長い筒を用意しておくことも必要。漫画の中でも、子供がサスケの真似をして、無残にも爆死している。
 四方田少年は弟と近所の山の洞窟で実験した。火薬は花火の残り。
「気分は少年忍者サスケである」
 結果……失敗。火薬は湿っていたし、洞窟内は水が溜まり、湿度高く、何よりゴミ捨て場と化していて、臭いに我慢できなかった。
 それでよかったと思う。

……白戸先生の漫画を通して学んだものは、微塵隠れの術だけではなかった。
 わたしは『戦争』という連作短編から第二次大戦の悲惨について学び、『忍者武芸帳』(一九五九〜六二)からブラッディソーセージの作り方について学んだ。『カムイ伝』」(一九六四〜七一)から社会に横たわるさまざまな差別について学んだ。『今昔物語』の面白さについて学び、漁師が会場で漁場の位置を以下に記憶するかについて学び、アフリカの神話的想像力のなかから王権がいかに誕生するかについて学んだ。白土三平の作品はわたしにとって、階級闘争を鼓舞する扇動の書物であるとともに、柳田國男に通じるフォークロアの集大成であり、南方熊楠に似た博物学的知の宝庫であるように感じられた。
……批評家としての今日のわたしを形成している核には、ゴダールのフィルムや大岡省平の小説と並んで、少年時代に白土漫画に読み耽っていた体験が横たわっている。ちなみにわたしの最後の夢は、『甲賀武芸帳』(一九五七〜五八)の石丸少年に倣って、茸についての書物を執筆することである。……


 下町のアホガキも忍者に憧れた。漫画雑誌巻頭特集にあった忍者の訓練を真似した。水に顔をつけて何秒息を止められるか、濡れた新聞紙の上を破ることなく走れるか、などを試した。


◇ うみふみ書店日記
 9月20日 木曜
 書籍の新刊配本と雑誌入荷最終日。明日からは注文品のみとなった。
 平野担当のフェア、最後の二つ。
1 平凡社在庫僅少本
  


















2 いっそこの際 好きな本 うらばん  奥の院より観音様がいでまして〜  花房観音、うかみ綾 他。
 
 

















午前中は岡崎武志さん来店。午後はグレゴリ青山さん。ありがとうございます。
 
海文堂書店の8月7日と8月17日』(夏葉社)、お知らせより1日早く入荷。おかげで、ご両人に買っていただけた。
  
 
















 本書についてもう紹介が出ました。ありがとうございます。
「空犬通信」 http://sorainutsushin.blog60.fc2.com/blog-entry-2130.html
 営業マンさんが大勢訪問。皆、もう注文を取れない。本を買ってくださる。
 一人だけ営業したのは京都H蔵館のK女史。テレビで紹介された本、「直送しますやん」。しっかり者。


(平野)
本日より、 成田一徹 切り絵展  2Fギャラリー 27日(金)まで。 入場無料。

週刊 奥の院 9.20

 今週のもっと奥まで〜 
■ 蛭田亜紗子 『人肌ショコラリキュール』 講談社文庫 500円+税 
 2008年「自縄自縛の二乗」でR-18文学賞大賞。10年、改題して『自縄自縛の私』でデビュー。
「ストロベリー・イン・ナイトメア」より。

 自分で自分のからだをなだめるすべを憶えたとき、あたしは思考を投げ捨てた。男とからだを重ね体液をまぜあわせる行為を知って、あたしは完全に莫迦になった。それからはもう、きれいな夕暮を見て無性に哀しくなって涙をこぼすことも、叶わぬ恋に胸を焦がすことも全部なくなった。……

 主人公茉綾、32歳、通称マーヤ。大学卒業旅行で東南アジア。就職が決まっていないのは彼女一人。ひたすら鬱屈していた。一人旅の「胡散臭い」安野に声を掛けられ、皆と別行動。彼は日本で多国籍料理店を経営していて、マーヤはそのままアルバイト。ここは彼のお城で、自分はお城のお姫さま、と思っていた。他の男性とも自由に楽しんだ。彼のケータイを覗いた。マーヤの登録名は本名でも、姫でもなかった。「共同トイレちゃん」だった。全身から力が抜けていた。

……女にその手の陰口を叩かれてもなんとも感じないけれど、それどころか「どうせ嫉妬と羨望の裏返しなんでしょ」って意地悪く言い返してやるけど、長年関係していた男にそう呼ばれていたという事実はこたえた。……

 時々見かける女子高生――勝手に「青いちごちゃん」と呼んでいた――がナンパされているところを助けてあげた。危なっかしい。学校も家もネットも、どこへ行ってもしっくりこない、だれとも話が合わない、みんな好きになれない、何をしても愉しくない……、ナンパされたら世界が変わるかもしれない……。
 マーヤもそうだった。彼についていったら新しい世界の扉が開くと信じていた。ついさっきまでは。
 青いちごちゃんのキーホルダーが目にとまった。『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』の骸骨男。あらすじを説明してくれる。
 マーヤは長い悪夢からようやく醒めたような心地。夢でよかったという気分に。

 

今度こそ、正しい扉を開けますように。いや、正しくなくたっていい。周囲に惑わされず自分の歩幅で歩いていける、そんな道に続いている扉であれば。

◇ うみふみ書店日記
 9月18日 水曜
 中島らも夫人・美代子さんとさなえちゃんがわざわざご来店。作業場にいたら「中島さまがお見え」と聞えたので、常連で同姓の学者さんだと思って聞き流していた。(おいおい、どなた様もお出迎えせんかい!)
 案内カウンターに行くとさなえちゃんが微笑んでおられた。お忙しいのにありがたいこと。
 
 夜、OBさんと関西出版会のドンと一杯。本屋関係の資料を提供してくださる。

 9月19日 木曜
 休みで用事のついでに、ちょいと作業場を覗く。注文品がそこそこ。今日の入荷分が主なものの最後かな。

 元・定時制高校の先生で今も同和教育・識字教室で活動されているNさんの個人通信「パンの木」。289号で【海】のこと。
 人権教育研究会から帰ってこられての出来事、ひいきの落語家さんの死去、「みずのわ戦災焼失区域図」のこと。続いて、

 神戸元町海文堂書店で『海会』第121号をもらって、いつものようにコオヒイを飲みながら、「本屋の眼」を真っ先に読み、裏を返して、というより表の頁を見ると、「海文堂書店は、2013年9月30日をもちまして閉店させていただきます」の挨拶文。何だこれは。冗談かなと思って、何度も読み返して、付け足された文言を反芻するうち、偽りの記事ではないようなので、すぐに海文堂に取って返した。折りよく平野さんを見かけたので訊ねると、えらいことになってましてねえ、と悲痛な顔で応対された。福岡店長にも出会ってと思ったが忍びず、顔を合わさずに店を出た。もうどうしようもなくて、一杯引っ掻けてから、阪神電車に乗った。……

 著書を常備していること、様々なイベントで多くの人に出会えたこと、郄田郁さんの本を読むようになったことなど、【海】とのエピソードを書いてくださっている。
 

◇ 先週のベストセラー
1.成田一徹  新・神戸の残り香  神戸新聞総合出版センター          
2.同上    神戸の残り香     同上                 
3.       本屋図鑑
4.ハワード・パイル作・画  銀のうでのオットー  童話館出版    
5.曽野綾子  人間にとって成熟とは何か  幻冬舎新書      
6.石井桃子  家と庭と犬とねこ  河出書房新社       
7.盛力健児  鎮魂  宝島社
8.小佐田定雄  枝雀らくごの舞台裏  ちくま新書              
9.中沢啓治  はだしのゲン わたしの遺言  朝日学生新聞社     
10. 村岡功  神戸市政舞台裏と検察の罠  日新報道                    

 ベストセラー掲載、今回が最後です。
(平野)

週刊 奥の院 9.20

 今週のもっと奥まで〜 
■ 蛭田亜紗子 『人肌ショコラリキュール』 講談社文庫 500円+税 
 2008年「自縄自縛の二乗」でR-18文学賞大賞。10年、改題して『自縄自縛の私』でデビュー。
「ストロベリー・イン・ナイトメア」より。

 自分で自分のからだをなだめるすべを憶えたとき、あたしは思考を投げ捨てた。男とからだを重ね体液をまぜあわせる行為を知って、あたしは完全に莫迦になった。それからはもう、きれいな夕暮を見て無性に哀しくなって涙をこぼすことも、叶わぬ恋に胸を焦がすことも全部なくなった。……

 主人公茉綾、32歳、通称マーヤ。大学卒業旅行で東南アジア。就職が決まっていないのは彼女一人。ひたすら鬱屈していた。一人旅の「胡散臭い」安野に声を掛けられ、皆と別行動。彼は日本で多国籍料理店を経営していて、マーヤはそのままアルバイト。ここは彼のお城で、自分はお城のお姫さま、と思っていた。他の男性とも自由に楽しんだ。彼のケータイを覗いた。マーヤの登録名は本名でも、姫でもなかった。「共同トイレちゃん」だった。全身から力が抜けていた。

……女にその手の陰口を叩かれてもなんとも感じないけれど、それどころか「どうせ嫉妬と羨望の裏返しなんでしょ」って意地悪く言い返してやるけど、長年関係していた男にそう呼ばれていたという事実はこたえた。……

 時々見かける女子高生――勝手に「青いちごちゃん」と呼んでいた――がナンパされているところを助けてあげた。危なっかしい。学校も家もネットも、どこへ行ってもしっくりこない、だれとも話が合わない、みんな好きになれない、何をしても愉しくない……、ナンパされたら世界が変わるかもしれない……。
 マーヤもそうだった。彼についていったら新しい世界の扉が開くと信じていた。ついさっきまでは。
 青いちごちゃんのキーホルダーが目にとまった。『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』の骸骨男。あらすじを説明してくれる。
 マーヤは長い悪夢からようやく醒めたような心地。夢でよかったという気分に。

 

今度こそ、正しい扉を開けますように。いや、正しくなくたっていい。周囲に惑わされず自分の歩幅で歩いていける、そんな道に続いている扉であれば。

◇ うみふみ書店日記
 9月18日 水曜
 中島らも夫人・美代子さんとさなえちゃんがわざわざご来店。作業場にいたら「中島さまがお見え」と聞えたので、常連で同姓の学者さんだと思って聞き流していた。(おいおい、どなた様もお出迎えせんかい!)
 案内カウンターに行くとさなえちゃんが微笑んでおられた。お忙しいのにありがたいこと。
 
 夜、OBさんと関西出版会のドンと一杯。本屋関係の資料を提供してくださる。

 9月19日 木曜
 休みで用事のついでに、ちょいと作業場を覗く。注文品がそこそこ。今日の入荷分が主なものの最後かな。

 元・定時制高校の先生で今も同和教育・識字教室で活動されているNさんの個人通信「パンの木」。289号で【海】のこと。
 人権教育研究会から帰ってこられての出来事、ひいきの落語家さんの死去、「みずのわ戦災焼失区域図」のこと。続いて、

 神戸元町海文堂書店で『海会』第121号をもらって、いつものようにコオヒイを飲みながら、「本屋の眼」を真っ先に読み、裏を返して、というより表の頁を見ると、「海文堂書店は、2013年9月30日をもちまして閉店させていただきます」の挨拶文。何だこれは。冗談かなと思って、何度も読み返して、付け足された文言を反芻するうち、偽りの記事ではないようなので、すぐに海文堂に取って返した。折りよく平野さんを見かけたので訊ねると、えらいことになってましてねえ、と悲痛な顔で応対された。福岡店長にも出会ってと思ったが忍びず、顔を合わさずに店を出た。もうどうしようもなくて、一杯引っ掻けてから、阪神電車に乗った。……

 著書を常備していること、様々なイベントで多くの人に出会えたこと、郄田郁さんの本を読むようになったことなど、【海】とのエピソードを書いてくださっている。
 

◇ 先週のベストセラー
1.成田一徹  新・神戸の残り香  神戸新聞総合出版センター          
2.同上    神戸の残り香     同上                 
3.       本屋図鑑
4.ハワード・パイル作・画  銀のうでのオットー  童話館出版    
5.曽野綾子  人間にとって成熟とは何か  幻冬舎新書      
6.石井桃子  家と庭と犬とねこ  河出書房新社       
7.盛力健児  鎮魂  宝島社
8.小佐田定雄  枝雀らくごの舞台裏  ちくま新書              
9.中沢啓治  はだしのゲン わたしの遺言  朝日学生新聞社     
10. 村岡功  神戸市政舞台裏と検察の罠  日新報道                    

 ベストセラー掲載、今回が最後です。
(平野)

週刊 奥の院 9.19

■ 古田一晴 『名古屋とちくさ正文館』 出版人に聞く(11) 論創社 1600円+税 
インタビュー・構成 小田光雄
 名古屋の本屋といえば、まず名前が出るのは「ちくさ正文館」。
 そして店長・古田。1952年生まれ、74年アルバイト入社、78年正式入社して現在まで。
 インタビューは、名古屋の文化的風土から始まる。小田が、『名古屋地方詩史』(杉浦盛雄、1968年)という限定本を紹介。詩、絵画にみられる新しい芸術運動、多彩な文化人、若々しいエネルギーが、「ちくさ正文館」と古田のベースにある、と。
「ちくさ」創業者は文学好きで、PR誌「千艸」を自ら編集した。古田が入社した頃、「塚本邦雄特集」を出し、同時に塚本を招いて講演会を開いた。
他にも、中井英夫、小川国夫、加藤周一らを特集。立派な“純文学誌”だった。
 古田は高校時代から映画・演劇にかかわり、書店員の活動と両立。大規模なブックフェアを手がけた。
加納光於+馬場駿吉ブックワークとその周辺展」、「新しい歴史の旅」など。それに、外部のイベントと連動してのフェアや販売。出版社や出版連合のフェアには批判的立場、独自のフェアにこだわる。

……
 書店独自のフェアというものはそれこそ時代状況の中からも生まれてきますが、基本的にはその店の地域性と客層、本の売れ方、担当者の編集などがクロスして企画されるのが王道だと思う。
(出版社からの情報と検索などデータ依存で自主フェアが減少。棚を探すことより画面検索に頼り接客がおろそかになっている)
 もちろん僕たちが新入社員だった頃よりも営業時間が長くなり、担当分野も多くなり、店員同士の情報交換の時間も少なくなり、他店の人たちとの交流もなくなっている現在の書店状況も大いに影響している。
 だからその代償行為として、POPなどによる「書店員のすすめる本」がとてもはやっているのではないかと思っています。
……単品ではなく、自分でひとつの分野を掘り下げていくことによって書店員の本当の力が身につく、僕は確信しているので、「書店員のすすめる本」ブームの行く末が心配になってくる。こういう試みが当たって、ベストセラーが生み出されたことも重々承知しているけど、僕の場合はもともとベストセラーにするとか、ベストセラーをさらに売り伸ばしましょうという発想はいまだに持っていないから。……
(すべてのフェアが地続きであり、古田がかかわってきた文化運動とも地続き)
だから余計にお仕着せのフェアはできない。

 澁澤龍彦フェアでは名古屋のコレクターに「澁澤本」を借りて展示した。浅川マキ没後1年に合わせ、友人に「浅川マキ・オリジナルレコードジャケット」を提供してもらった。
 リアル書店の可能性について。

 今の書店状況はかつてに比べて三倍働かないとやっていけない。
(店のルーティンワーク、フェア・イベント、他店との差別化……、レジや雑役をし、全体を運営)
……でもベーシックな品揃えに関しては決して手を抜いていない。書店の場合の棚の判断は詩と芸術評論を見ればよくわかる。そこが一番面倒だから、品揃えや選書が店の欠落、もしくは個性としてすぐに出てしまう。だから非常にこわいところです。
 ちくさ正文館は人文、文芸、芸術にジャンルをしぼり、どこにもあるものは置かない方針をとっている。それもあって、固定客の層が厚い。だから目的の本以外にも刺激的で、思わず手にとってしまう本をセレクトした棚を心がけ、リピーターとしてのまたの来店を誘うようなインパクトを常に与えたいと思っている。
(昔の客層だけを想定しているだけではなく、店に合う若い客層を引き寄せる本や雑誌に気をつけ揃えていく)それらに常にアンテナを張り続けるためには、僕では年齢的な限界がある。
 だから若い人を育てなければならない。これからの書店はそれに尽きる。……それができないことには書店の将来像が描けない。


 1冊の本を置く、その隣に並ぶ本は……。古田にはその考え・実践の奥に広く深い背骨があることがわかる。
 もうすぐ消えてしまう【海】だが、本書を並べられてよかった、とつくづく思う。

(平野)
 お知らせ 単行本用の白ブックカバーにつきまして、再度のお願いとおことわりです。昨日はお買い上げの本のみとお伝えしましたが、いよいよ底をついてきました。本日より、お一人に一枚しかカバーをおつけできません。複数冊お買い上げの皆さまには申し訳ありません。

 日記は明日。

週刊 奥の院 9.19

■ 古田一晴 『名古屋とちくさ正文館』 出版人に聞く(11) 論創社 1600円+税 
インタビュー・構成 小田光雄
 名古屋の本屋といえば、まず名前が出るのは「ちくさ正文館」。
 そして店長・古田。1952年生まれ、74年アルバイト入社、78年正式入社して現在まで。
 インタビューは、名古屋の文化的風土から始まる。小田が、『名古屋地方詩史』(杉浦盛雄、1968年)という限定本を紹介。詩、絵画にみられる新しい芸術運動、多彩な文化人、若々しいエネルギーが、「ちくさ正文館」と古田のベースにある、と。
「ちくさ」創業者は文学好きで、PR誌「千艸」を自ら編集した。古田が入社した頃、「塚本邦雄特集」を出し、同時に塚本を招いて講演会を開いた。
他にも、中井英夫、小川国夫、加藤周一らを特集。立派な“純文学誌”だった。
 古田は高校時代から映画・演劇にかかわり、書店員の活動と両立。大規模なブックフェアを手がけた。
加納光於+馬場駿吉ブックワークとその周辺展」、「新しい歴史の旅」など。それに、外部のイベントと連動してのフェアや販売。出版社や出版連合のフェアには批判的立場、独自のフェアにこだわる。

……
 書店独自のフェアというものはそれこそ時代状況の中からも生まれてきますが、基本的にはその店の地域性と客層、本の売れ方、担当者の編集などがクロスして企画されるのが王道だと思う。
(出版社からの情報と検索などデータ依存で自主フェアが減少。棚を探すことより画面検索に頼り接客がおろそかになっている)
 もちろん僕たちが新入社員だった頃よりも営業時間が長くなり、担当分野も多くなり、店員同士の情報交換の時間も少なくなり、他店の人たちとの交流もなくなっている現在の書店状況も大いに影響している。
 だからその代償行為として、POPなどによる「書店員のすすめる本」がとてもはやっているのではないかと思っています。
……単品ではなく、自分でひとつの分野を掘り下げていくことによって書店員の本当の力が身につく、僕は確信しているので、「書店員のすすめる本」ブームの行く末が心配になってくる。こういう試みが当たって、ベストセラーが生み出されたことも重々承知しているけど、僕の場合はもともとベストセラーにするとか、ベストセラーをさらに売り伸ばしましょうという発想はいまだに持っていないから。……
(すべてのフェアが地続きであり、古田がかかわってきた文化運動とも地続き)
だから余計にお仕着せのフェアはできない。

 澁澤龍彦フェアでは名古屋のコレクターに「澁澤本」を借りて展示した。浅川マキ没後1年に合わせ、友人に「浅川マキ・オリジナルレコードジャケット」を提供してもらった。
 リアル書店の可能性について。

 今の書店状況はかつてに比べて三倍働かないとやっていけない。
(店のルーティンワーク、フェア・イベント、他店との差別化……、レジや雑役をし、全体を運営)
……でもベーシックな品揃えに関しては決して手を抜いていない。書店の場合の棚の判断は詩と芸術評論を見ればよくわかる。そこが一番面倒だから、品揃えや選書が店の欠落、もしくは個性としてすぐに出てしまう。だから非常にこわいところです。
 ちくさ正文館は人文、文芸、芸術にジャンルをしぼり、どこにもあるものは置かない方針をとっている。それもあって、固定客の層が厚い。だから目的の本以外にも刺激的で、思わず手にとってしまう本をセレクトした棚を心がけ、リピーターとしてのまたの来店を誘うようなインパクトを常に与えたいと思っている。
(昔の客層だけを想定しているだけではなく、店に合う若い客層を引き寄せる本や雑誌に気をつけ揃えていく)それらに常にアンテナを張り続けるためには、僕では年齢的な限界がある。
 だから若い人を育てなければならない。これからの書店はそれに尽きる。……それができないことには書店の将来像が描けない。


 1冊の本を置く、その隣に並ぶ本は……。古田にはその考え・実践の奥に広く深い背骨があることがわかる。
 もうすぐ消えてしまう【海】だが、本書を並べられてよかった、とつくづく思う。

(平野)
 お知らせ 単行本用の白ブックカバーにつきまして、再度のお願いとおことわりです。昨日はお買い上げの本のみとお伝えしましたが、いよいよ底をついてきました。本日より、お一人に一枚しかカバーをおつけできません。複数冊お買い上げの皆さまには申し訳ありません。

 日記は明日。

週刊 奥の院 9.18

■ 石塚公昭 人形・写真 『泉鏡花 貝の穴に河童の居る事』 風濤社 2200円+税 
 鏡花生誕140年。
 人形作家が鏡花の短篇をビジュアルブックに構成。
 河童赤沼の三郎」は久しぶりのよい天気で、沼から浜に出る。磯で遊ぶ一行の中に美しい娘がいた。
「清(すずし)い、甘い、情のある」声。
「中肉にむっちりと、膚つきが得う言われぬのが、びちゃびちゃと潮へ入った。」
「その脛(はぎ)の白さ、常夏の花の影がからみ、……淡い膏(あぶら)も、白粉も、娘の匂いそのままで、……一波上るわ、足許へ。あれと裳(もすそ)を、脛がよれる、裳が揚る、紅い帆が、白百合の船にはらんで、青々と引く波に走るのを見ては、何とも、かとも、……」
 娘に見とれているうちに気配を感ずかれ、三郎は貝の穴に隠れる。その穴に、同行の宿屋の番頭がステッキを突っ込んで、三郎重傷を負う。
 三郎、森の社の姫神様に復讐を願い出る。神職の翁が取り次ぐ。
 復讐の相手は行楽客の3人――亭主(お囃子の笛吹)、女房(踊りの師匠)、娘(師匠仲間の娘)。番頭にはその場で仕返しずみ。
神職)「おおよそ御合点と見うけてたてまつる。赤沼の三郎、仕返しは、どの様に望むかの。まさかに生命を奪ろうとは思うまい。厳しゆうて笛吹は眇(めかち)、女どもは片耳殺(そ)ぐか、鼻を削るか、蹇(あしなえ)、跛(びっこ)どころかの――軽うて、気絶(ひきつけ)……やがて、息を吹返さすかの。」
 三郎は、血だらけの大魚を座敷に投げ込めればと言うが、神職姫神も、大きすぎ重たすぎ、そこまでせずとも、と。
 姫神「少しばかり誘をかけます……」

 唯(ト)、町へたらたら下りの坂道を、つかつかと……わずかに白い門燈を離れたと思うと、どう並んだか、三人の右の片手三本が、ひょいと空へ、揃って、踊り構えの、さす手に上った。同時である。同じように腰を捻った。下駄が浮くと、引く手が合って、おなじく三本の手が左へ、さっと流れたのがはじまりで、一列なのが、廻って、くるくると巴に附着(くッつ)いて、開いて、くるりと輪に踊る。花やかな娘の笑声が、夜の底に響いて、また、くるりと廻って、手が流れて、褄が翻(かえ)る。足腰が、水馬(みずすまし)の刎ねるように、ツイツイツイと刎ねるように坂くだりに行く。……いや、それがまた早い。娘の帯の、銀の露の秋草に、円髷の帯の、浅葱に染めた色絵の蛍が、飛交って、茄子畑へ綺麗にうつり、すいと消え、ぱっと咲いた。

 3人は酔ったように町中を踊り歩く。そして、森の社で……。
「そこに……何を見たと思う。」
 鏡花は何とは書いていないが、石塚の写真は血だらけの大魚
 さて、3人、宿に戻って、社に向かって、
「慎み深く、手をつかえて、ぬかずいた。」

「あとがき」より。

……主役の河童の三郎は、潔癖症の鏡花がいかにも嫌がりそうなベトベトと生臭く、けっして可愛らしいとはいえない存在にするつもりでいたが、制作で一年もつきあっていると、佳境に入る頃には愛らしく見えてきて。
(鏡花の盟友・柳田國男神職の翁にした)
……鏡花は三郎に対して好色でお調子者という、一般に伝わる河童のイメージに準じ楽しげに筆を走らせているが、“妖怪は神の零落した姿”と考える柳田は本作について「河童を馬鹿にしてござる」といささか不満があったようである。だからこそ、自分勝手な仇討ちを願い出る三郎に対し、終始愛情深い眼差しで接する翁であるよう心がけた。

 写真に、人形ではなく人間が7人登場する。みな、石塚が酒場で顔を合わせる常連客や近所の人たち。それぞれが楽しく演じている。


◇ うみふみ書店日記
 9月17日 火曜
 週末からの台風でも、「閉店バブル」は冷めず。これだけのお客さんを掘り起こせなかったことが今更ながら残念。
 軽半身LMS(わかる人はわかってね)のSさんは、私が勝手にGF登録して○年、あの頃確か10代だった? 日記を読んでいただいているそうで、ありがとう。
 
 お知らせ
(1)単行本用の白いカバーが残り僅かです。最後の日までもちそうもありません。お買い上げの本にはカバーをしますが、「記念に一枚」にはお応えできません。ご了承ください。
(2)雑誌と新刊配本は20日が最終日です。注文品は月末まで入荷します。

(平野)

週刊 奥の院 9.18

■ 石塚公昭 人形・写真 『泉鏡花 貝の穴に河童の居る事』 風濤社 2200円+税 
 鏡花生誕140年。
 人形作家が鏡花の短篇をビジュアルブックに構成。
 河童赤沼の三郎」は久しぶりのよい天気で、沼から浜に出る。磯で遊ぶ一行の中に美しい娘がいた。
「清(すずし)い、甘い、情のある」声。
「中肉にむっちりと、膚つきが得う言われぬのが、びちゃびちゃと潮へ入った。」
「その脛(はぎ)の白さ、常夏の花の影がからみ、……淡い膏(あぶら)も、白粉も、娘の匂いそのままで、……一波上るわ、足許へ。あれと裳(もすそ)を、脛がよれる、裳が揚る、紅い帆が、白百合の船にはらんで、青々と引く波に走るのを見ては、何とも、かとも、……」
 娘に見とれているうちに気配を感ずかれ、三郎は貝の穴に隠れる。その穴に、同行の宿屋の番頭がステッキを突っ込んで、三郎重傷を負う。
 三郎、森の社の姫神様に復讐を願い出る。神職の翁が取り次ぐ。
 復讐の相手は行楽客の3人――亭主(お囃子の笛吹)、女房(踊りの師匠)、娘(師匠仲間の娘)。番頭にはその場で仕返しずみ。
神職)「おおよそ御合点と見うけてたてまつる。赤沼の三郎、仕返しは、どの様に望むかの。まさかに生命を奪ろうとは思うまい。厳しゆうて笛吹は眇(めかち)、女どもは片耳殺(そ)ぐか、鼻を削るか、蹇(あしなえ)、跛(びっこ)どころかの――軽うて、気絶(ひきつけ)……やがて、息を吹返さすかの。」
 三郎は、血だらけの大魚を座敷に投げ込めればと言うが、神職姫神も、大きすぎ重たすぎ、そこまでせずとも、と。
 姫神「少しばかり誘をかけます……」

 唯(ト)、町へたらたら下りの坂道を、つかつかと……わずかに白い門燈を離れたと思うと、どう並んだか、三人の右の片手三本が、ひょいと空へ、揃って、踊り構えの、さす手に上った。同時である。同じように腰を捻った。下駄が浮くと、引く手が合って、おなじく三本の手が左へ、さっと流れたのがはじまりで、一列なのが、廻って、くるくると巴に附着(くッつ)いて、開いて、くるりと輪に踊る。花やかな娘の笑声が、夜の底に響いて、また、くるりと廻って、手が流れて、褄が翻(かえ)る。足腰が、水馬(みずすまし)の刎ねるように、ツイツイツイと刎ねるように坂くだりに行く。……いや、それがまた早い。娘の帯の、銀の露の秋草に、円髷の帯の、浅葱に染めた色絵の蛍が、飛交って、茄子畑へ綺麗にうつり、すいと消え、ぱっと咲いた。

 3人は酔ったように町中を踊り歩く。そして、森の社で……。
「そこに……何を見たと思う。」
 鏡花は何とは書いていないが、石塚の写真は血だらけの大魚
 さて、3人、宿に戻って、社に向かって、
「慎み深く、手をつかえて、ぬかずいた。」

「あとがき」より。

……主役の河童の三郎は、潔癖症の鏡花がいかにも嫌がりそうなベトベトと生臭く、けっして可愛らしいとはいえない存在にするつもりでいたが、制作で一年もつきあっていると、佳境に入る頃には愛らしく見えてきて。
(鏡花の盟友・柳田國男神職の翁にした)
……鏡花は三郎に対して好色でお調子者という、一般に伝わる河童のイメージに準じ楽しげに筆を走らせているが、“妖怪は神の零落した姿”と考える柳田は本作について「河童を馬鹿にしてござる」といささか不満があったようである。だからこそ、自分勝手な仇討ちを願い出る三郎に対し、終始愛情深い眼差しで接する翁であるよう心がけた。

 写真に、人形ではなく人間が7人登場する。みな、石塚が酒場で顔を合わせる常連客や近所の人たち。それぞれが楽しく演じている。


◇ うみふみ書店日記
 9月17日 火曜
 週末からの台風でも、「閉店バブル」は冷めず。これだけのお客さんを掘り起こせなかったことが今更ながら残念。
 軽半身LMS(わかる人はわかってね)のSさんは、私が勝手にGF登録して○年、あの頃確か10代だった? 日記を読んでいただいているそうで、ありがとう。
 
 お知らせ
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(2)雑誌と新刊配本は20日が最終日です。注文品は月末まで入荷します。

(平野)