週刊 奥の院 9.20

 今週のもっと奥まで〜 
■ 蛭田亜紗子 『人肌ショコラリキュール』 講談社文庫 500円+税 
 2008年「自縄自縛の二乗」でR-18文学賞大賞。10年、改題して『自縄自縛の私』でデビュー。
「ストロベリー・イン・ナイトメア」より。

 自分で自分のからだをなだめるすべを憶えたとき、あたしは思考を投げ捨てた。男とからだを重ね体液をまぜあわせる行為を知って、あたしは完全に莫迦になった。それからはもう、きれいな夕暮を見て無性に哀しくなって涙をこぼすことも、叶わぬ恋に胸を焦がすことも全部なくなった。……

 主人公茉綾、32歳、通称マーヤ。大学卒業旅行で東南アジア。就職が決まっていないのは彼女一人。ひたすら鬱屈していた。一人旅の「胡散臭い」安野に声を掛けられ、皆と別行動。彼は日本で多国籍料理店を経営していて、マーヤはそのままアルバイト。ここは彼のお城で、自分はお城のお姫さま、と思っていた。他の男性とも自由に楽しんだ。彼のケータイを覗いた。マーヤの登録名は本名でも、姫でもなかった。「共同トイレちゃん」だった。全身から力が抜けていた。

……女にその手の陰口を叩かれてもなんとも感じないけれど、それどころか「どうせ嫉妬と羨望の裏返しなんでしょ」って意地悪く言い返してやるけど、長年関係していた男にそう呼ばれていたという事実はこたえた。……

 時々見かける女子高生――勝手に「青いちごちゃん」と呼んでいた――がナンパされているところを助けてあげた。危なっかしい。学校も家もネットも、どこへ行ってもしっくりこない、だれとも話が合わない、みんな好きになれない、何をしても愉しくない……、ナンパされたら世界が変わるかもしれない……。
 マーヤもそうだった。彼についていったら新しい世界の扉が開くと信じていた。ついさっきまでは。
 青いちごちゃんのキーホルダーが目にとまった。『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』の骸骨男。あらすじを説明してくれる。
 マーヤは長い悪夢からようやく醒めたような心地。夢でよかったという気分に。

 

今度こそ、正しい扉を開けますように。いや、正しくなくたっていい。周囲に惑わされず自分の歩幅で歩いていける、そんな道に続いている扉であれば。

◇ うみふみ書店日記
 9月18日 水曜
 中島らも夫人・美代子さんとさなえちゃんがわざわざご来店。作業場にいたら「中島さまがお見え」と聞えたので、常連で同姓の学者さんだと思って聞き流していた。(おいおい、どなた様もお出迎えせんかい!)
 案内カウンターに行くとさなえちゃんが微笑んでおられた。お忙しいのにありがたいこと。
 
 夜、OBさんと関西出版会のドンと一杯。本屋関係の資料を提供してくださる。

 9月19日 木曜
 休みで用事のついでに、ちょいと作業場を覗く。注文品がそこそこ。今日の入荷分が主なものの最後かな。

 元・定時制高校の先生で今も同和教育・識字教室で活動されているNさんの個人通信「パンの木」。289号で【海】のこと。
 人権教育研究会から帰ってこられての出来事、ひいきの落語家さんの死去、「みずのわ戦災焼失区域図」のこと。続いて、

 神戸元町海文堂書店で『海会』第121号をもらって、いつものようにコオヒイを飲みながら、「本屋の眼」を真っ先に読み、裏を返して、というより表の頁を見ると、「海文堂書店は、2013年9月30日をもちまして閉店させていただきます」の挨拶文。何だこれは。冗談かなと思って、何度も読み返して、付け足された文言を反芻するうち、偽りの記事ではないようなので、すぐに海文堂に取って返した。折りよく平野さんを見かけたので訊ねると、えらいことになってましてねえ、と悲痛な顔で応対された。福岡店長にも出会ってと思ったが忍びず、顔を合わさずに店を出た。もうどうしようもなくて、一杯引っ掻けてから、阪神電車に乗った。……

 著書を常備していること、様々なイベントで多くの人に出会えたこと、郄田郁さんの本を読むようになったことなど、【海】とのエピソードを書いてくださっている。
 

◇ 先週のベストセラー
1.成田一徹  新・神戸の残り香  神戸新聞総合出版センター          
2.同上    神戸の残り香     同上                 
3.       本屋図鑑
4.ハワード・パイル作・画  銀のうでのオットー  童話館出版    
5.曽野綾子  人間にとって成熟とは何か  幻冬舎新書      
6.石井桃子  家と庭と犬とねこ  河出書房新社       
7.盛力健児  鎮魂  宝島社
8.小佐田定雄  枝雀らくごの舞台裏  ちくま新書              
9.中沢啓治  はだしのゲン わたしの遺言  朝日学生新聞社     
10. 村岡功  神戸市政舞台裏と検察の罠  日新報道                    

 ベストセラー掲載、今回が最後です。
(平野)