週刊 奥の院 7.7
■ 季村敏夫 『豆手帖から』 書肆山田 2000円+税
装幀 間村俊一
2011年からの詩。東北の大震災を、被災者を思う。自らの幼き日を、若き日の闘争を、父・母を思う。
(あとがき)より。
ここというとき、逃げていた。距離をおき、見て見ぬふりをし、その記憶を沈めた。こずるいタイプだった。
ある日、距離が狂った。今ここ、あらわになった過去に、ひきずりこまれた。他者の出来事があって、やっときっかけをつかむとは、この遅れはおぞましい。
毎日、書いた。ポケットにつっこまれた稽古帖、おもいついては書き、考え、傍線をひき、立ちすくんだ。
タイトルは柳田國男の旅行記からとった。子どもの瞳は「天然の一慰安」だと旅人は書きとめたが、酷薄な一撃を背負わねばならない平成のやよい童子は、ただ歩まねばならず、癒しなど読みとりようもない。背後から見守る、母なるひとの息が迫る。……
「やよい童子」
ぐずっていた少年が
ドアから飛び出る
遠足の光にとけてしまう
姿は見えなくなる
行方のわからない
父親に会いたい
会いたいといえばいいのに
無言のけなげさは
かけがえのないなにかを
うんでいくはず
ただあるままの
野末のさえずり
やよい三月
白い雲にかさなりはじめる
黒い雲
それでも
ぐみ ゆすらうめ
めぐりの風が満ちる窓辺
他の詩でも「やよい童子」は登場する。
東北から避難してきた親子たちと神戸塩屋の洋館で語り合う。
「ある一日」
……
この子を連れ、あの子を抱き、逃れることはいけないことでしょうか。生き延びるため、あのかたが示す媚びひとつ、おろそかにしないでください。
ゆふぐれ しづかに
いのり せんとて
讃美歌を歌っていたお母さんが窓際に向かう。
気づいていたのにできなかった、ならば今から、その考えをかえてください。しがみつくやよい童子を見つめてください。へたりこむ人のそばに坐ってください。そこから、考えてください。
……
「このよのあけむ」
……
このよのあけむ
ゆふつけ鳥
空の庭へと
やよい童子は駆けていく
……
東北の子どもたちのこと。幼い日の詩人自身でもありましょうか。
(平野)