週刊 奥の院 9.16

■ 『アンソロジー お弁当。』 PARCO出版 1600円+税 
『カレーライス!!』に続く“食べもの”アンソロジー

記憶のなかのお弁当   武田百合子  池部良  立原えりか  金井美恵子  椎名誠  川本三郎 ……
おんなのお弁当   江國香織  角田光代  沢村貞子  木内昇  宇野千代
ふれあうお弁当   華恵  向田邦子  入江相政  洲之内徹
おとこの弁当   阿川弘之  南伸坊  八代目坂東三津五郎  山本周五郎
だれかを思うお弁当   よしもとばなな  酒井順子  白石公子  池波志乃
おにぎり・おむすび弁当   野上彌生子  吉川英治  穂村弘  幸田文 ……
移動するお弁当   東海林さだお  泉昌之  吉村昭  吉田健一 ……

 
 池部良「敗戦は日の丸弁当にあり」より。
 1918〜2010年、東京生まれ、俳優。随筆家としても活躍。
 父親は江戸っ子で洋画家。父、良が小4のとき、「明日から弁当をつくってやる」と言う。「どうして」と聞くと、母親は4人姉妹の末っ子で料理はもちろん何もできない、「おまけに、書家の娘だから、味(あじわい)ってものが判らねえ」……、とわけのわからない理屈を長々しゃべる。
 良が、母の弁当はおいしい、友だちがおかずを交換してくれと頼む、と反論する。
「きっと、良の友達ってのは、みんないい奴なんだ。お前が持って来る弁当のおかずのまずさ加減に同情して、食ってくれているに違いない」と勝手な推論。

……
「ま、倅のためだ。早く起きるのは、善しとしてだ。でもな、俺に言わせりゃ、無駄な努力だと思う。大体、弁当ってものは、所詮、弁当だ。(うまい、まずい、どこの魚とか、言い合って食べるものではない)
 昼めし食わなきゃ腹が空(へ)って、午後から働けなくなるから、食うんだが、確りしたものを腹に入れようとすりゃ、時間は無くなっちまう、いい気持になっちまうで、その日一日をふいにしちまう。ふいにはさせず、午後から、ちゃんと働けるように食うのが、弁当ってものの役目だ。判ったか」

 翌朝、母が弁当の用意をしていると、父はおかずが贅沢といちゃもん。夕食の残りだと言っても、

「弁当なんかに、上等なおかずをつくってだな、うんと時間をかけて鱈腹、食わせてみろ。ろくな者は生まれねえ。
(良は頭が悪い、上等の弁当くわせると怠け者になって使いものにならない、できることは見境なく女の尻を追いかけるだけだ。昼めしにうまいものを食っていたら天才だって鈍才になる)
 香り高き文化ってものはな、昼間、腹をすかせしている奴が、考え出せるんだ」

 父が作ってくれた弁当は、「日の丸弁当」。

……アルミニュームの弁当箱の底に、ご飯を二センチの高さに詰め、その上に、安い削り節を乗せて醤油をかけ……(さらにご飯と削り節を重ね)そして、ご飯の真ん中に、梅干し一個を親指の腹で押し込んで、出来上がり。
 

育ち盛りの子どもががまんできるわけもなく、身長は伸びず、脳味噌の発達も遅れる。中3の時、ついに母親の財布から毎週50銭盗んでは学校の食堂通い。結果、1年で身長は20センチ伸びた。
父「お前、俺より高くなったな。日の丸弁当が功を奏した」
母「一週間に一枚ずつ五十銭玉が無くなったせいでしょう」
 
 母に、オヤジは江戸っ子のくせにみみっちいと話すと、
「お父さんばかりじゃないわよ。世の中って、みんな、そうなんじゃない」

 良は大学卒業の翌年戦地に。ここで母の言葉を思い知った。

 やりたくもない戦争に、いやいや引っ張り出されて、少しも馴染めないことを要求されているのだから、せめて「めし」ぐらいは、おいしいおかずで十分に食べさせてくれるのかと思ったら、高粱(コーリャン)、豆粕入りの白米、乾燥野菜の煮つけ、極く、たまに、小さな豚カツ一個が出る、量の少ない食事には悲嘆にくれた。
 豚も煽てりゃ、木に登る。
 兵隊には、栄養満点の食べ物を豊富に与え、これだけ、いい思いをさせているのだから、確り戦ってくれよとでも言われれば、誰もがその気になったに違いない。……
 日本が敗けたのは、軍部首脳のみみっちい食事への考え方にある、と思っている。
 終戦の日、南の小島で、オヤジが作った日の丸弁当が思い出された記憶がある。

 カバーの写真は阿部了撮影、「大歩危峡遊覧船船頭、大平さんのお弁当」。


◇ うみふみ書店日記
 9月15日 日曜
 9.14「朝日」。織田作之助夫婦善哉」の未発見草稿3種類や日記などが遺族宅で見つかる。草稿では主人公が「兵吉」「春枝」。
織田作之助大大阪」展 で展示
9.25〜10.18  大阪歴史博物館 
http://www.mus-his.city.osaka.jp/news/2013/odasaku_newitem.html

 

 作家の言葉(要旨)。
 【海】の歴史、醸し出す雰囲気は、作り直すことはできない。場所を代えて再開したとしても、それはできない。ここにあるからこそ海文堂なのだ。それがなくなってしまうんだよ。

(平野)