週刊 奥の院 9.10

■ 古川恒一編 『井上ひさし 初日への手紙』 白水社 2800円+税 
 古川は、新国立劇場公演「東京裁判三部作」(『夢の裂け目』2001.5、『夢の泪』2003.10〜11、『夢の痂』2006.6〜7)の担当プロデューサー。
 本書は「三部作」制作過程で、井上から送られてきたファックス、手紙、それに電話での会話など、「作者が書いた資料、プロット、打合せでの発言要旨等をそれぞれ作品別にまとめたもの」。

「夢の裂け目」
 元講釈師・活動弁士で紙芝居屋・天声が、GHQから東京裁判の検事側証人として出廷を命じられる。家族ほか家中の人間を総動員して予行演習。〈国民としての戦争犯罪を裁く家庭法廷〉となる。証言後、天声は東京裁判の重大なカラクリに気づく。そのカラクリを紙芝居で実演して、GHQに逮捕されてしまう……。
 2001年2月13日 井上からのファックス。

……これまでの資料読み込みでは、日本人弁護団は、どうやら大きな仕掛けを、仕掛けたらしいです(そんなことをこれまで誰も言っていませんが、彼らは四六時中、顔をつき合わせていたのですから、全員一致で、世界中におおきな企みを仕掛けただろうことは容易に想像できます)。
 ではどんな仕掛けか。「どうしても天皇を守る」ために陸軍を徹底して悪玉にしたのがその仕掛けです。検察側(=連合国側)の証人として田中隆吉将軍(元陸軍兵務局長)が出廷、陸軍の内幕を完膚なきまでに爆露、このために、開戦時に陸軍省参謀本部にいた大幹部はすべて(東條英機武藤章木村兵太郎)絞首刑になりますが、この田中隆吉将軍は、じつは日本人弁護団の隠し玉だったのではないでしょうか。「天皇は平和主義者だったが、陸軍が天皇を戦事に巻き込んだのだ」という弁護団の物語作りに、田中隆吉将軍が加わった。――新解釈ですが、小生はそのように決めました。

 最初の設定では、主役は東條ら陸軍によって大学教授の職を追われた国際法学者。弁護士になり、恩師とともに彼らの弁護人になる、というものだった。

 2月14日 電話(作者口述要旨)

……東京裁判の大きなからくり仕組みを、及川俊郎(英米法の権威、弁護士)、及川征太郎(東條の黒子)、川本隆(東京裁判担当記者)といった人物でやろうとしたが、こういう人たちはあまりにも東京裁判にかかわりをもちすぎ、わかりすぎた人たちのため、ドラマが観念の世界に入りすぎ、理屈だけの戦いになり、面白くならない。他の人物を組み合わせてと考えたが、どうにも人物が動かない。
 そこで、もっと庶民レベルに話を落とす必要がある。一般の人々のレベルに下げて、普通の人々が精一杯考えたり、批判したり、わけもわからず右往左往したりするというドラマにしたい。
 そこで、東京裁判の証人四百人の中で、ドラマの主人公になりそうで、最もバカバカしい人物を探していたが、「日本紙芝居協会の会長」をドラマの芯にしたい。……

 東京裁判の証人1198名、直接出廷した証人419名(料亭の女将もいて、どちらを主人公にするか、井上は古川に相談)。
 ここから紙芝居に関する資料集め。東京裁判資料と合わせて、「作者は戯曲の構想段階で膨大な資料・年表等を作成する」。戯曲を書き始めながら資料集め・整理制作、時間はいくらあっても足りない。台本を待つスタッフ、俳優もたいへん。
 しかし、古川は井上の戯曲創作を目の当たりにして、「天才こそ努力家だというまさに見本」と知る。
「作者の知られざる姿、戯曲に向き合う真摯な姿、どのように考えながら戯曲が創作されていったか……」 
 読者は、井上が「遅筆堂」と名乗る理由・経緯の一端を知る。



◇ うみふみ書店日記
 9月9日 月曜
 フェア「いっそこの際すきな本」について取材。クマキにまわす。
 出版社GFおふたり、「女子会」にお呼びくださる。営業さんが何人もお見えだが、ご挨拶のみ、本の紹介はない。
 小学館ビッグ・コミックスペリオール』編集部より荷物。店長宛で留まっていた。
 中身は旬子サマの『この人を見よ』付録「立版古」。旬子サマと編集者が切って貼ってしてくれたもの。感涙。感謝。
 私、旬子サマの本は毎回紹介しているが、やっと振り向いてくださった。でもね、【海】は閉店廃業。
 人生とは儚いもの……。
 持って帰って家宝にする。
(平野)