週刊 奥の院 

■ 風野春樹(かざの はるき) 島田清次郎  誰にも愛されなかった男』 本の雑誌社 2500円+税 
 著者は1969年生まれ、精神科医で書評家、SF愛好家。『本の雑誌』で「サイコドクターの日曜日」連載。
 

 島田清次郎(1899〜1930)、石川県生まれ。

 島田清次郎と言っても、現在ではその名前を知る人は少ないだろう。作品も入手は難しく、すっかり忘れ去られて作家になっている。しかし、大正時代の当時は知らないものはないほどの人気作家だった。……

 20歳でデビュー、処女長篇が空前のベストセラー。しかし、傲岸不遜な言動のため文壇で嫌われ、私生活もスキャンダラス。放浪の果てに25歳で精神病院、入院中に結核で死去、31歳。


 伊藤整『近代日本の文学史』(夏葉社)には6行だけ彼について記載がある。
 大正初期、新作家が続々登場。大正5年(1915)芥川龍之介、6年久保田万太郎有島武郎広津和郎、7年菊池寛佐藤春夫葛西善蔵宇野浩二室生犀星
「三四年の間に一群の新作家たちが、華々しく出た背景にはジャーナリズムの発展があった」
 大正7年(1918)第一次世界大戦が終わる。ヨーロッパの戦場から遠く、輸出で日本は経済的に繁栄したが、終戦で「軍備縮小」の世論。民主主義思想が広がり、文芸雑誌・総合雑誌が隆盛。小説を掲載する場も一気に増えた。単行本の出版も盛んになった。島崎藤村田山花袋徳田秋声正宗白鳥ら中堅・ベテランに白樺派と並んで、新作家たちが活躍。
 また、倉田百三や阿部次郎など思想家的作家も愛読者を掴んだ。

……大正八年に二十一歳で、とつぜん「地上」という一巻の小説を書いて出現した島田清次郎も、青年たちを熱狂させた。この小説は、当時の文壇小説にはみられないヒロイズムを基調とするもので、社会の不正に対する怒りを抱く主人公の英雄主義的な行動を描いたものであった。文壇文学の頽廃と自己否定と唯美的傾向をあきたらなく思っていた青年たちは、この作品に読みふけった。……

 
 風野の本に戻る。

 島田清次郎を語るときには、いつも「天才」という言葉がつきまとう。本人自身が自分は天才だと豪語していたし、マスコミもまた、若くして鮮烈なデビューを飾った彼を天才ともてはやした。しかし、清次郎を「天才」と呼ぶとき、その「天才」はどこか揶揄の混じった言い方になりがちで、それは彼の生前から変わっていない。……

 並外れた才能、奇矯な振る舞い、「天才」か「狂人」か……、

鼻持ちならない天才児の悲惨な末路に、私たち凡人は心の中で安心感を覚える。

 風野が作成した島田清次郎略年譜からその受賞歴を見る。
1915年(16歳) 大日本雄弁会講談社「雄弁」に論文投稿、佳作。冨山房「学生」に小品、一等。
1916年 「萬朝報」懸賞小説入選。
1917年 暁烏敏の推薦で「中外日報」に『死を超ゆる』連載。
1919年 2月『地上』原稿を生田長江に持ち込み、新潮社を紹介される。6月『地上 第一部』刊行、堺利彦、生田が絶賛してベストセラーに。
 以後、『地上』シリーズなど作品を次々刊行。
 私生活では、内縁の妻にDV、アメリカ・ヨーロッパ外遊中外交官夫人にセクハラ、某令嬢誘拐事件、それに暴力事件。
 
 風野は、清次郎デビュー前の詩に、「天才」でありたいという強い意志と、「狂人」になることへの強い不安、を読み取る。

「自分への説法」
自分が天才であることを信じてもよい
もし自分が天才でありたいなら天才であることだけを信ぜよ。
それ以上を信ずるな
それ以外を信ずるな
……
誇大妄想狂となるな
狂人は現実の真珠をふみにじつて
彼岸の黄金を求めるが故に何ものをも得られない。
やがて彼の破滅がくるのみだ
死がくるのみだ。
……
清二郎よ、お前は狂人にならうとしてゐる
お前は死なうとしてゐる
お前は悩み疲れてゐる
それはお前が悪いのだ
……
しつかりせよ
狂人になるな
りつぱになれ
しつかりしよ
清二郎よ
しつかりしてくれ!

 風野は、清次郎の生い立ちから人生をたどり直してみる。

 そろそろ、「天才と狂人」という言葉の呪縛から、清次郎を解放してあげてもいいのではないだろうか。


◇ うみふみ書店日記
 8月31日 土曜
 休み。
 OBから「資料」提供のお申し出。ありがたいこと。
「朝日」記事。第12回小林秀雄賞、山口晃『ヘンな日本美術史』(祥伝社)。新潮ドキュメント賞、佐々木実『市場と権力』(講談社)。
 文芸クマキの最後のフェア「どうせ売るなら好きな本」(? ちょいと違う。勝手に名付けるな! 【海】のみんなが好きな本を並べる)のPOPつくり、私は苦手。いつもイイ加減だが、とくにエエ加減にやっつける。
(大きな声では言えないが、私は別に“ウラ版・私の好きな本”を並べる)
 夕方店に。夏葉社さんが出してくれる「写真集」についてA新聞K記者の取材。
 夜、既に紹介した本をまたアップしていることに気づくという大バカ。すみません。

(平野)