週刊 奥の院 8.23

今週のもっと奥まで〜
■ うかみ綾乃 『聖娼の島』 廣済堂文庫 600円+税 
 第2回団鬼六賞大正受賞者。
 
 健吾37歳、ホテルマン、職場の人間関係に疲れ退職。部下の香奈絵が実家(四国の島)の旅館に誘う。ここで一緒に旅館を経営しようと。健吾は彼女を愛おしく思う。しかし、彼女の同級生で巫女の祥子が現れ、精霊のような彼女に魅せられてしまう。早朝の散歩、森に入ると、祥子が舞いの稽古をしていた。

……
 健吾はその場に立ち尽くして、彼女の舞う姿に見入った。いや、魅了されていた。
 祥子の動きに合わせ、長く艶やかな黒髪が、さらりさらりとなびいている。ワンピースの襞がたおやかな風紋を描き、二本の脚を影絵のように透かしている。裾から覗く、白く容(かたち)のいい足指は、大地を静かに愛撫していた。まるで天女が朝靄とたわむれるその姿は、昨日の夕刻に目にした、肌も露わな肢体よりもはるかに淫靡で美しく、体から魂が吸い取られていくようだ。
 健吾は時が過ぎるのを忘れて、彼女の舞いを見つめていた。……
(祥子は舞いをやめ、小屋に入る。覗いてみると、老人が横たわっていつ。自力で水も飲めない老人に彼女が水分[想像、想像……]を与えている。覗きを見つかる)
「覗きが趣味なの?」
「あ、いや……」
(祥子、稽古をしていた場所に戻り、老木の太い根の上に腰かける)
 白いスカートの下、脚を大きく開き、彼女はあのひややかな眼差しで健吾を見つめている。
 言葉が出てこない。脳みそが靄に侵されて、彼女に見入ることしかできない。
 ノースリーブから伸びた腕が、健吾のほうに差し出された。
「私のそばに来たいんでしょう……いらっしゃい」
 健吾は脚を動かした。吸い寄せられるように彼女に近づき、裸足の足元に跪いた。
……


■ レイコ・クルック 『赤とんぼ 1945年、桂子の日記』 長崎文献社 1800円+税
「赤とんぼ」とはパイロット養成の練習飛行機「海軍九三式中間練習機K5Y1」。複葉機主翼2枚、上下に配置)、プロペラは木製、羽はキャンパス地。羽はオレンジ色で飛んでいる姿が赤とんぼに見えたそう。
 1942(昭和17)年長崎県諫早市に長崎地方航空機乗員養成所ができ、志願した少年たちが訓練を受けた。
 桂子は小学4年生。教室の窓から「赤とんぼ」を見るのが好きだった。

……
 ほら来たぞ、なんと男らしいモーターの音、なんて可愛らしいプロペラの音!
 とくに落日の朱を浴びて飛ぶ赤とんぼは、全身を黄金の飾りで装った桂子の〈赤いプリンス〉だ! 頼もしい! 美しい!

 戦争末期になると、この練習機も出撃した。
 桂子の家は土地の富豪。特攻兵士の送別会を開く。どんちゃん騒ぎの最中、出陣する青年が宴会場から抜け出して泣いているのを見る。青年、桂子の存在に気づいて、 

……
 青年はおそろしくゆっくりと桂子のほうへ膝を回して、きっちりと正座をすると深く頭を下げた。
 顔を上げた青年の目が、瞬きもせずぴったりと桂子を見た。
 青年の目は悲しかった。桂子の目も悲しかったにちがいない。
 畳に両手をついてもういちど、しみじみと桂子を見た。
 何かいいたそうに唇が少し動いたが、言葉にならなかった。
 しばらくして、
「お元気で!」
 と青年がいった。
 男の声か女の声か、子どもの声か、点から降ってきた声か、桂子が初めて聞く声だった。 
……

 
 広島に続いて長崎に原爆。村からも救助に動員される。叔父が被爆した。 
 敗戦。村にも進駐軍がやって来た。
 著者は1935年諫早市生まれ、本名・西岡麗子。長崎でラジオ・テレビ局勤務。建築家M・クルックと結婚、71年パリ移住。大手化粧品会社で商品開発、メイキャップデザイナー。映画・演劇での特殊メイキャップのパイオニア。「ば化粧師」。
 表紙・挿絵もご本人。
 
 本書出版記念のトークショー
◇ ナガサキ=パリ 翔るレイコ・クルック変身譚
 8.24(土) 16:00〜18:00  会場 フォアベルクホール  入場料1000円
 問い合わせ フォアベルク日本(株)神戸ショールーム TEL 078-221-8800


◇ うみふみ書店日記
 8月22日 木曜
 妻の友人の娘さんが帰省して【海】に来てくれたそう。「店の人とお客さんが漫才してた」というご感想。ワテ、ちゃいまっせ。店長でっせ。
 妻の同僚、【海】閉店「激励会」。妻を激励してどうすんねん! ワテを激励しておくれ!

◇ 先週のベストセラー 
1.成田一徹  新・神戸の残り香  神戸新聞総合出版センター          
2.曽野綾子  人間にとって成熟とは何か  幻冬舎新書           
3.      神戸市戦災焼失区域図 復刻版  みずのわ出版
4.藤野可織  爪と目  新潮社     
5.桜木紫乃  ホテルローヤル  集英社
6.蛇蔵&海野凪子  日本人の知らない日本語4  メディアファクトリー
7.伊坂幸太郎  死神の浮力  文藝春秋
8.百田尚樹  海賊と呼ばれた男(上) 講談社    
9.      これでいいのか兵庫県神戸市  マイクロマガジン社       
10.       神戸ルール  中経出版               


(平野)