週刊 奥の院 7.29
■ 『種村季弘傑作撰[Ⅱ] 自在郷への退行』 諏訪哲史編 国書刊行会 2500円+税
全2巻完結。
怪物の作り方 少女人形フランシーヌ 覗く人 面白い小説のからくり モナ・リザ泥棒 イマージュの解剖学 機械学的退行 ケペニックの大尉 …… 畸人列伝 江戸と怪談 全21編。
諏訪が種村の本に出会ったのは、1986年秋、17歳高校2年生。
……先代の小学校で東北の郷土文学である宮澤賢治や太宰治を読み、生まれ故郷の名古屋へ帰って以降は、太宰ののっぴきならぬ絶望的な自己卑下から抜け出すために三島由紀夫を読んだ。
(『三島由紀夫おぼえがき』で澁澤を知り、「病的なほど惑溺」して中公文庫に河出文庫読破。河出文庫で「種村」を手にする)
……まるで小説を読むように一気に読んだ。すこしだけ難解で硬質な文体、しかしまぎれもない「本質的な学」の秘術ともいうべき論考群に衝撃を受け、未だ見ぬ種村季弘という人物に、大きく魅了された。
決定的だったのは『怪物の解剖学』。
「とり憑かれたように読み耽った」
(本書巻頭「怪物の作り方」がその中心的論考)
種村が教授をしていた國學院大学に進学。
……あの頃の僕はもはや無我夢中、神話のテセウスにでもなったつもりで一人、知の迷宮の入口を目指していた。怪物ミノタウロスではなく、むしろ、迷宮の「設計者」である偉大な怪人ダイダロスに謁見せんがために。
巻末に種村の「著作目録」、齋藤靖朗編
装幀 間村俊一
■ 塚本邦雄 『異国美味帖』 幻戯書房 2400円+税
「食」随筆。1985年から2000年まで『味覚春秋』連載「ほろにが菜時記」から40篇(2010年刊『ほろにが菜時記』(ウェッジ)と重複はない)。
塚本は旅行好きで、70年代から90年代、親しい人たちとヨーロッパ旅行を年中行事にした。
(帯)
馥郁たる味と香、豊饒なる知――極上の食随筆。
フランス朝市の泥つきルバーブ、木苺に桜桃、アルペロベッロの杏仁水にシチリアのアイスクリーム、バスク地方のアスパラガス。
西欧の土地と食をめぐる40篇。
「ルバーブ」とは?
90年6月フランス中央部の山村。塚本は朝市で初めて「泥のついたままのルバーブ」を見た。その2、3年前パリのレストランのデザートで蕗の砂糖漬のようなものがあり、メニューに「rhubarbe」と書いてあった。
どんな形か、どんな色か……、「到頭出会った」。
朝市の中ほど、銀行らしい建物の裏口で、中年の、渋紙色に灼けた顔の、柔和な小父さんと、その弟、その長男とおぼしいのが、三人一組で野菜を並べていた。
(他の店は8割方売り手は女性。男は鳥類や家禽類)
……トマト、ピーマン、胡瓜、その隣りには独活ともいたどりとも、セロリともつかぬ、やや赤みのさした白緑の肉厚の葉柄が束にしてあった。一行の誰も、見たことがないと言いつつ首をかしげる。
(小父さんに「ケスクセ?」と問う。「リュバルプ」か「ルバーブ」かわからず、問い直す。
彼はメモに「RHUBARB」――「E」は省略――と書いてくれた)
書くや否や、かたわらの一本を取り、柄の切口の方から、セロリのように、一気に表皮をむき、かりかりと、なまのままで食ってみせ、「アロン、ムシュー」などと誘ってくれる。連られて、彼の歯型の残ったそれを、少しかじってみた。とんといたどりである。かつて初夏の山路で、渇きをいやすために、ぱしっと手折って、皮を剥いで、口に入れたあのさわやかな酸味がよみがえった。
(小父さんに5フラン渡す)
……「ノンノン」、これはただで上げるんだというのを、振りきって、手を振りながら、その場を離れた。……
装画 ジャン・シメオン・シャルダン「桃の籠とぶどう」(1759年頃 レンヌ美術館)
装幀 間村俊一
(平野)