週刊 奥の院 7.19

今週のもっと奥まで〜
■ 益田ミリ 『五年前の忘れ物』 講談社 1300円+税 
 2001年漫画家デビュー。昨年「すーちゃん」シリーズ映画化。本書は初の小説集。
 表題作より。
〈わたし〉、友人の結婚式の帰り。髪もメイクもきれい。駅で元の会社の上司・片岡を見つけて声をかけた。古いビルのバーに。かつて、この人となら〈不倫〉してもいいと思っていたが、誘われることはなかった。他の部下としていた。

……
「片岡さん、わたし、前から気になってることがあるんです。質問していいですか」
「なに?」
「あ、でも、やっぱり、いいです。わたし、酔っぱらってるし……。それに……ちょっとエッチだし」
 片岡が、なに、なんなの、と興味を示し、言ってみてよ、とゆっくり脚を組んだ。
「あの、温度のことなんです」
「温度?」
「あの、なんていうか、入っているときの温度ですよ、女の人の中に」
(片岡、一呼吸置いて、にやり……)
「わかるよ、あたたかい」
(片岡が肩を寄せてきた)
「じゃあ、女の人はどうなの」
……
(彼はその気になっている。店を出て大通り、片岡の唇が……〈わたし〉はさっと右手をあげてタクシーを止める)
「今日は楽しかったです。また、どこかで」
(彼を残してタクシーは走り出す。〈わたし〉笑いが込み上げてきた)
 駅で彼を見かけた瞬間から、こうしてやるつもりだった気がした。
……

 ミリは悪女だ! 


■ 佐藤亜有子 『ママン愛人(ラマン)』 河出書房新社 1500円+税 
 1996年文藝賞。今年1月急逝。遺作。
 京子は大学でフランス文学を教える。4年前最愛の息子・隆弘を亡くした。ショックで1年休職、精神科に入院した。夫は気遣い、帰宅は早く、家事分担、近所づきあいも。

……けれど京子の悲しみは、ときとして、日々の夫の心遣いもまるで見えなくさせてしまう。
向精神薬だけでなく、強い酒に睡眠薬。その眠りで見る夢は若い男と抱き合うもの。隆弘が生きていれば大学3年生。京子の講義を熱心に聴く平山浩太に息子の姿を重ねてしまう。彼が女子学生と視線を交わすのを見て胸が苦しくなる。休講にして、トイレで泣いた。研究室に戻ると、浩太が待っていた)
「前から思ってたんですけど、先生はときどき、ぼくを悲しい目で見ますね」
(彼との距離が近づく。彼に触れる。夢に似ている)
「平山くん、帰って」
「……なんだか、夢の中にいるみたいです。先生がぼくの、ぼくが先生の」
「お願い。わからないの?」
 それでも彼の姿は消えない。まるで京子の愛撫の続きを待つように、彼女をまっすぐ見つめたままでいる。……


■ 深志美由紀 『ゆっくり破って』 イースト・プレス 1500円+税 
 団鬼六賞優秀作受賞者。ミステリアス官能。
 医療系転職エージェント会社のOL理津子30歳。幼い頃、父の書斎で見つけたSMビデオがきっかけで鬱屈した性欲。S傾向の部下・塩井によって妄想が解かれ淫靡な世界に。塩井の真意は? あのビデオとの関わりは?
 営業回りの病院で医師に迫られているところを塩井に見られた。

「主任、彼氏いるんですか」
「それはセクハラ」
「それとも好きな人とか?」
「いないわよ、別に」
「俺と付き合いませんか」
(理津子はからかわれていると思い不愉快)
 不意にブレーキがかけられた。突然のことに一瞬、何が起きたか分からなかった。彼は私の腕を引き、頭を抱き寄せるようにしてキスをする。唇を吸われ、舌先が歯列へ割り入り、舌と舌が触れ合った。驚いて退こうとすると、意外な力強さで後頭部をじっと押さえつけられる。……なんて冷たい目をしてるんだ、と思ったら、背筋がぞくりと痺れた。……

(平野)なんで、いっぺんに三本も載せるんだ? 小出しにすればいいものを!


うみふみ書店日記 その29
 7月11日 木曜
週刊B春の「R-40本屋さん大賞〜」アンケート回答FAX。参加することに意義がある。早い話が、推薦した本、入賞したことがない。
 
 7月12日 金曜
 待っていた本が2点、ようやく来た。うっきうっき。
 元同僚Kさん(って、30年以上前)山の帰りに来店。昨秋引退。遊び回って、よう焼けておる。

 7月13日 土曜
 ミステリー小説愛好家が集まる「SRの会」、亡くなった会員氏の蔵書を仲間でオークション。追悼・供養も兼ねて。【海】のバックヤードにて。皆、「本」については一家言も十家言もある読書家たち。部外者(私)は作業の合間に覗く。作家・作品についてのウンチク話よりも、読書人の苦労話に耳をそばだてる。本日入手した本をどうやって家人にわからないように家に持ち込むか? 丁々発止の戦いが始まっている。
「宅配便? とんでもない! テキの手に渡ってしまう!」

 7月14日 日曜
 故あって一人暮らし中。「ついに捨てられたか?」
ちゃいます〜。「捨てられる」時は「追い出される」時です〜。
うちのテキは子どもたちのところへ。毎晩の献立が楽しみで。冷凍品ですけど。

 7月15日 月曜
 朝一でテキから宅配便。中に「第47回造本装幀コンクール公式パンフレット」。日本書籍出版協会と日本印刷産業連合会主催。賞は色々あって、三賞が「文部科学大臣賞」「経済産業大臣賞」「東京都知事賞」。他に、審査員奨励賞、主催団体賞、後援団体賞。
文部科学大臣賞」は『われた魯山人』(著者・前田義子、出版社・フォクシー、装幀者・MOMENT、渡部智宏、平綿久晃、印刷会社・八紘美術、製本会社・八紘美術)。
 前田は高級婦人服「フォクシー」のオーナーでデザイナー。
 本は一般書店では入手できない。他の賞も見たことある本の方が少ない。

「朝日歌壇」より。
友人が「ウチの裏山」と言ひて来し大いなる山が世界遺産に(山梨・塩島さん)
 スケールの大きなホラ。
YAHOO! ニュース」 アメリカの文学賞「シャーリー・ジャクスン賞」(心理サスペンス・ホラー)長編部門に、鈴木光司『エッジ』が選ばれる。
 本日休みでのんびりのびのびなのだが、なんか忘れているような。

 7月16日 火曜
 今月末予定の『本屋図鑑』(夏葉社)の見本が到着。待っていました。都心の巨大書店ではなく、いわゆる「町の本屋」を稚内から石垣島まで、47都道府県から紹介。【海】も掲載。すべてのページに作り手の“本屋愛”があふれていて、目頭を押さえてしまう。
 島田さん、空犬さん、得地さん、ありがとう。
 本屋と読者を勝手に代表して御礼申し上げる。
 
 7月17日 水曜
 えらいこと。「海会」原稿締め切り遅れ。というよりすっかり忘れ。店長より督促。
 夏葉社のSさん、夕方来店。まあ、フットワークの軽いこと。昨日から出張とお手紙にあったので、遠くにいらっしゃるものと。
 帰宅、おやなんと、息子から私宛に宅配便。
 第149回芥川賞直木賞発表。芥川賞藤野可織「爪と目」(新潮4月号、単行本は新潮社より8月刊行予定)、直木賞桜木紫乃ホテルローヤル』(集英社)。予想、大外れ。

◇ 先週のベストセラー
1.松本広章他  これでいいのか兵庫県神戸市  マイクロマガジン社
2.堤未果  (株)貧困大国アメリカ  岩波新書            
3.林真理子  野心のすすめ  講談社現代新書
4.宮部みゆき  泣き童子  文藝春秋   
5.百田尚樹  海賊と呼ばれた男(下)  講談社  
6.      日本国憲法  小学館ムック
7.百田    海賊と呼ばれた男(上)  講談社
8.藤田伸二  騎手の一分  講談社現代新書    
9.今野敏  宰領  新潮社
10. 西尾維新  悲惨伝  講談社