週刊 奥の院 6.30

■ 本渡章(ほんどあきら) 『大阪古地図パラダイス』 140B 1900円+税 
 1952年大阪生まれ、作家。著書、『大阪古地図むかし案内』シリーズ(創元社)など。96年、第3回パスカル短編文学新人賞優秀賞(同賞は94〜96年、ASAHIネット主催。選考委員に筒井康隆井上ひさし他。第1回では川上弘美が『神様』で受賞)。
 
 本渡はまず6枚の地図を示す。
(1)「ムーミンランド」(2)アリスの「不思議の国」 (3)オズの魔法使いの「虹の国」 (4)「宝島」 (5)宮崎駿サン=テグジュペリ『人間の土地』(新潮文庫)の解説に描いた地図 (6)本居宣長「端原氏城下絵図」
 1枚だけが実在の場所をもとにしていて、他は架空の地図。その1枚も簡略化して描いて飛行機乗りの物語を表現したもの。

……地図は、単に現実の世界を紙の上に写しとったものではないのです。そもそも現実を、そのまま写しとるのは不可能。本当にやろうとすれば、実物大の立体図を作らなければならない。つまり、この世界と同じ世界をもうひとつ作ることになりますが、それは無理。ようするに、現実を紙の上にあらわす地図作成という行為そのものが、人間の想像力の助けなしではできない。そこは多かれ少なかれ、フィクションの部分がある。……
 一にも二にも想像すること。実はそこに人が地図にひかれる理由が隠れている。想像を楽しみ、物語に心躍る。そうして、地図を旅したくなる。
(地図は、便利、正確、役に立つ、が当り前で、必要不可欠のもの)
 にもかかわらず、架空の地図が存在する。物語に託された地図があり、それを求める人がいる。
 古地図には、そんないわば無用の地図が少なくない。
 時を経て、なんでもない地図が物語を宿す。
 読み解きの鍵は、想像力。そこが、古地図の魅力。ゆたかさの源泉。 ......


1 往古図、三都の千年。  難波古地図に見る裏千年史。 ......
2 古地図と遊ぶ、未来考古学。  キタはいくつある。 ......
3 あまりに人間的な日本の古地図。 マクルーハン×浮世絵×古地図=? ......
4 北斎伊能忠敬と古地図の作り方。  古地図にとって正確さとは何か。 ......
5 ああ面白い、古地図と電車と文字と。  あたりまえのことが、不思議に思えてくる。 ......
実践編 パラダイス・ツアーの楽しみ方  古地図、迷う楽しみ。 ......

 
 最初に紹介される地図は、「冷泉・円融・花山 右三帝之御宇 難波古絵図」(れいぜい・えんゆう・かざん みぎさんていのぎょう なにわこえず)。作成者不明。発行年不詳だが、同じ趣向の地図=「浪花往古図」がたくさん作られていて江戸時代とわかっている(江戸時代といっても長い)。
 湾に島々が集まり、川が縦横に。「中ノ島」「福嶋」などの名称。
 こちらで見ることができます。
http://webarchives.tnm.jp/pages/oldmaps/
 三帝は平安時代天皇、西暦967〜986年。江戸時代の人が伝承をもとに、大昔の大阪はこんなんやったんやろなあ、と想像して描いたものだそう。
 本渡の「パラダイス・ツアー」はここから。
 なぜ、この三帝の時代だったのか? 
 藤原氏時代の直前であること、図の真ん中あたりに「仁徳天皇大宮跡」があることに着目。そして、これらの「往古図」が筆写されて広まったことから、作成者の意図、当時の時代の空気を読み取る。

 
 近代の「電車明細・大阪案内図」では、織田作之助の作品――少年が乗り継いで家出を企てる――から、現代とは違う感覚を知る。

......私は昭和の戦後生まれですが、子供の頃、よく市電に乗りました。そのイメージは、こうです。道路の延長線上に、ちょっとだけ高いステップがあり、そこまで歩いて、市電の扉が開けば、そのままひょいと飛び乗って、あとは市電がどこへでも連れて行ってくれる。次に扉が開くと、別の世界に飛び降りる。子供の目に映る市電は、ドラえもんのどこでもドアです。道路の続きの扉を抜けると別世界なのだから。......

(平野)
 井上ひさし『一分の一』(講談社)の主人公は原寸大の地図を作成する学者だった。
 1平方メートルに〜枚の紙がいるとして……、考えるとおかしい。誰がどうやって全体図を見るんだ?
【雑誌】
ユリイカ』7月号 青土社 1238円+税 
特集 女子とエロ・小説篇
対談 川上弘美×高橋源一郎  哀しさと健康と――なめらかで熱くて甘苦しいものをめぐって
対談 窪美澄×山内マリコ  ダウナーなルーザーのための小説
インタビュー 村田沙耶香  光に満ちた毒をたずさえて――いろいろの街で生きのびるための方法
短篇競作  藤野可織  江本純子  木爾チレン  大崎清夏