週刊 奥の院 6.21

今週のもっと奥まで〜
■ 南綾子 『わたしの好きなおじさん』 実業之日本社文庫 571円+税 
「人生に行き詰まりを感じている妙齢の女性6人と、個性豊かなおじさんたち」の関わり。
「おじさんの森」より。
 富美35歳、若い恋人を連れて母と妹夫婦が住む島に(15のときに父母は離婚、富美は父に引き取られた)。都会から移住した男性ハマさんが自力で家を建てている。「きこりん」と勝手に名づけた。恋人は先に帰京、別にモメたわけではないが、多分もう会わない。
 さて、ハマさん、灰色でフサフサの髪、まっすぐな背筋、ひきしまった体、40代後半かと思えば還暦間近らしい。母が彼に家の修理を依頼した。

……
「富美ちゃん」
 名前を呼ばれても、なぜだかわたしは彼と目をあわせることができなかった。なんだか、胸がムカムカしていた。何か変なものを食べただろうか。
 違う。この胸のムカムカは、そのムカムカじゃない。ていうか、ムカムカという表現そのものが違う気がする。じゃあ一体なんだろう。……ドキドキ? まさか。もうすぐ六十歳のおじいさんに、このわたしがドキドキ? ……
「どうしたの、富美ちゃん。顔色悪いよ」
「あ、なんでもない」
「上、あがってみる?」
 見上げると、きこりんが満面の笑みでこちらに腕を差し出していた。手が勝手に梯子をつかみ、脚が勝手にのぼりはじめた。まるで魔法にでもかけられたか、誰かにあやつられているかのようだ、と頭の片隅で思う。きこりんがほほ笑みながら、わたしを待っている。その手をつかもうと右手を伸ばしたとき、足元がガクっと揺れた。
「あ、あぶない」
 咄嗟に、私は彼の腕をつかんだ。きこりんはわたしの脇に手をさしこみ、ぐいっともちあげた。梯子がガシャンと地面に倒れる音が響くと同時に、ひょいっと、優しく抱きあげられた。まるで、UFOキャッチャーのぬいぐるみみたいに。
 その瞬間、ピカーンと何かに打たれるように思った。
 この先、私は、こんなふうにわたしを優しく抱きあげてくれる人と、出会えるのだろうか。
「よいしょっと。あー、あぶなかったね」
 わたしを屋根の上にのせると、きこりんはまたニッコリと笑った。やっぱり、息は切れていない。私は起きあがろうとしてバランスを崩した。咄嗟に前に手をついて体をささえた。星座のような姿勢になった。きこりんがハハハっと笑う。
「何で正座して、三つ指までついてるの?」
「え、えーっと」
「僕のところに、お嫁にきてくれるの?」そう言って、またハハハと笑う。「違うか、僕は送り出す父親のほうか」
「ああ、あの。えーっと」
 この人の本当の名前は、なんていうんだっけ。そうだ、ハマさんだ。
「ハマさん」
「なんだい」
「ちょっと、休憩しません?」
 そう言いながら、私はさらに前かがみにまった。ちょうど胸元の開いた服を着ていた。
 わたし、こんなおじいさん相手に何やってるんだろう。
 けれど。
 もちあげられたときの、あの感触。あの安心感を与えてくれる男が、他にいるのだろうか。 ……

うみふみ書店日記 その25
 6月13日 木曜
 休み。猛暑。台風はどないなった?
 またも「海会」の締め切り。今月は「私の棚」も更新。いつもの通り、どうやって誤魔化すか。
 あまりの暑さに一句。
 暑苦しスケベな本が寄ってくる
 
 6月14日 金曜
 K書房新社のIさん来店。重役さん。知り合って30年以上。昔は別の出版社で、電話で、「セーシュンのイ○ーです」と一声。ゴロが良いというのか、他の名称ではこうはいかない。こういうどーでもいいことを覚えている。

 6月15日 土曜
 久々の雨。
 T出版流通(芸術系・人文系販促)のKさん来店。今回、私の担当部門では営業なし、ご挨拶だけ。相変わらず、エー声! 私、しょーもないこと言いです。

『誤植読本』のTさん、サイン入れに来店。

 6月16日 日曜  
「朝日」神戸版に「港町神戸鳥瞰図」紹介記事。問い合わせ、お買い上げ多数。
「神戸」書評欄では地元の詩人Kさんの著書、『神戸のモダニズム?』(ゆまに書房・25000円+税)紹介。店売分は仕入れていないが、ありがたいことに顧客から注文あり。
 同欄で「神戸新聞ブッククラブ」のコラム、私の順番。顔写真がイヤラシイ。
 
 6月17日 月曜
「海会」(PR紙)、「奥の院」(手書き版)読者よりご感想。
 前者は手紙で、『快挙』(白石一文・新潮社)について。
「(人生の快挙を)年数をかけて『妻と出会ったこと』と言えるよう自分に言い聞かせよう......」
 後者店頭で、堀口大學『月下の一群』に対する佐藤春夫の書評文のこと。
「昔、本で読んだ。名文。もう一度読みたい」。
「朝日」夕刊「人生の贈りもの」は出久根達郎

 6月18日 火曜
 直仕入れM社より電話。既刊書・新刊案内。
「吾郎ツイッター」見ると、13日にある編集者さんが極秘訪問。声をかけてくださったら、って、その日、私、休みでしたな。

「ひらのさ〜ん」とスタッフが呼ぶ。まあ私が呼ばれるのは、チョンボしたときか、「ケーコートー切れてます」なんですが、今日はちゃいました。
「トンボが入って来てます」
 そう言われても......。天井におとまりあそばしたところを封筒で捕獲もうしあげ、外にお放しいたしました。
 トンボ係としては、「トンボの恩返し」を静かに待とう。

 6月19日 水曜
 雨。
「朝日」記事。上田秋成(1734〜1809)の版木を京都の古書店が保管。江戸時代から続く「竹苞書楼(ちくほうしょろう)」。複数の本屋が版木を分割所有していたことを示す台帳も。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130619-00000520-san-soci
http://www.kyotoarashiyama.jp/rakuyou33/rakuyou3.html
 
 一人出版社N社Sさんから電話。近刊の『本屋図鑑』の【海】の部分を読んでくれる。小さな訂正をひとつ。
 彼が思ったことを書くのだから、こっちからあーしてこーしてというのはない。ただ、あとからイチャモンつけたりして。7月下旬予定。楽しみにしています。

「浜村渚の計算ノート」という問い合わせ。私、学参か脳トレと思いました。文庫でした。知らんことばっかり。
 
◇ 先週のベストセラー
1.近藤誠   医者に殺されない47の心得  アスコム
2.百田尚樹  海賊と呼ばれた男(上) 講談社     
3.同上            (下)
4.林真理子  野心のすすめ  講談社現代新書     
5.廣岡徹   ひょうご文学散歩  神戸新聞総合出版センター
6.幸田真音  天佑なり(上)  角川書店
7.藤田伸二  騎手の一分  講談社現代新書
8.幸田    天佑なり(下)      
9.筒井康隆  聖痕  新潮社     
10.       神戸ルール  中経出版

(平野)