週刊 奥の院 6.9

■ 伊良子 序(いらこ はじめ) 『猫をはこぶ』 編集工房ノア 1800円+税 
 1949年鳥取県生まれ。元神戸新聞記者、文化部、社会部、論説委員。長年映画欄を担当し、96年から「神戸100年映画祭」総合プロデューサーを務めた。
 
 父、母、弟、友、そしてペット……、先に旅立ったものたちと向き合う随想集。

 故郷の家族との別れは、私が五十代になるのを待っていたように矢継ぎ早にやってきた。……

 母のこと「背中の曠野」。父のこと、祖父のこと「寒流と暖流」。ペットたち、「アニュス・デイ」。友の死と震災・原発事故、「ホタル」。
 表題作「猫をはこぶ」は弟のこと。
 母の死後、父は介護施設に入り、弟はひとり実家に住んでいた。常に連絡を取り合っているのが途絶えて心配する。彼は急に旅に出ることがあった。弟の同級生から、連絡が取れないと著者に電話。職場から実家に駆けつける。弟は家で亡くなっていた。脳卒中孤独死から5日ほど経過。その一週間前に帰省して会ったばかりだった。
 弟の忘れ形見、猫のチーの世話をどうするか。雄の雑種、警戒心が強く、著者には懐いていない。当座のドライフードと飲み水、トイレの砂を用意して神戸に戻る。二週間後実家に行くと、野良猫が入り込んでいて、チーは弟の部屋に隠れていた。

 なぜ急に弟はいなくなったのか、はたしてチーには理解できていたのだろうか。
 なにしろチーは冷たくなった弟と数日間いっしょに過ごしていたのである。廊下に倒れたまま動かない弟のそばに、じっと寄り添っていたはずだ。体の上にも乗っただろうし、反応しない顔をなめていたかもしれない。それを思うと、不憫さがつのった。
 意識が薄れる中で、弟が最後に感じたのもチーの気配だったろう。こいつはどうなるんだろう? もうろうとした弟の意識によぎった思いが想像できる。
 やがて弟の姿はこの世から消えた。いくら待っても帰ってこない。それでも屋内には弟のにおいが染みついている。チーはかなり混乱していたはずだ。......

 食事のときに著者とチーの距離が縮まってきた。神戸に連れ帰る決心をするが、準備がいる。予防接種と去勢手術、移動のための準備も必要。キャリーボックスに慣れさせないといけない。
 年末、注射と手術を終え、神戸に。少しずつ慣れてきたが、抱けるのは著者だけ。夫人の服にさかんににおいづけをしている。同居人として認めているのか、家来にしようとしているのか?

 チーを実家から運んで、もう五年がたつ。途切れた弟の人生を、一匹の猫が健気に繋いでいるような気がする。……
 チーと私の関係は、やがて、どちらかの死で区切りがつくだろう。それまで、互いに与えられた生命をひたすら生きるしかない。……

 著者の祖父は文学史に名を残す詩人。その詩が2編添えられている。  
 父も詩を書いた。彼の遺影は、かつて神戸で行われた祖父の詩を鑑賞する会で神戸新聞のカメラマンが撮影したもの。

(平野)
◇ ヨソサマのイベント 

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 関西学院は来年創立125周年。
 神戸文学館の場所は関西学院発祥の地で、建物は1904年に建てられたチャペル。
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