週刊 奥の院 5.29

■ 塩田武士 『崩壊』 光文社  1600円+税 
 将棋、貧乏楽団、労働組合と、作品ごとに違う顔を見せてくれる。
 刑事が主役。大阪近郊(兵庫県下だろうか)の市議会議長が殺された。
 所轄署の刑事・松宮は県警本部の若手女性刑事と組み捜査――「鑑」とよばれる被害者の人間関係を調べる。複雑な人間関係が絡みに絡んでくる。松宮とも重要な関係があることがわかる。
 
 冒頭に書かれるエピソード。バブル経済の渦中でのある人間の浮き沈み、その影響を受けた親族にも、後に金の誘惑。そして、家庭崩壊。
 続いて、松宮が今も夢に見る「高校球児」時代の苦い記憶。事件に関わりがある。
 これらのことが私の頭の中でつながったのは中盤以降。
 被害者が選挙用に出版しようとしていた「自分史」が焦点。犯人が決して公にしたくないことが書かれていた。そのことと家族の崩壊・・・・・・。
 小説の筋は詳しく書けない。
 
 塩田はご存知のとおり元神戸新聞記者。サツ回りも経験し、本書にも生かされているはず。
 犯人逮捕後、地元新聞の水野記者が松宮宅を訪ねる。

 午後十時前。
 こんな非常識な時間に訪ねてくるのは、非常識な仕事をしている人間以外いない。
「どちらさんですか?」
「お待たせしました。出前の者です」
「頼んだ覚えないけど」
湯葉豆腐です」
 水野達也はいつものように笑顔でビニール袋を掲げた。これまた渋い物を持って来る。三月と言えど夜は冷える。熱燗できゅっといきたくなった。
(豆腐の食べ方、清張の小説から事件の話に。記事にするための裏取りが目的。松宮が真相をしゃべることはできない)
・・・・・・鎌をかけるような男ではない。ある程度つかんでいると見た方がいいだろう。下手なごまかしは、自分と水野の関係には不必要だと、松宮は理解している。
「書くんか?」
「ええ」
 意志の強そうな目が松宮を射抜いた。お人好しだけで記者は務まらない。観念した松宮は二度三度と頷いて言った。
「もう一杯呑んでいけ」


 事件とはあまり関係ないことを。
 塩田は、これまでの作品では「お笑い」をあちこちに忍ばせているのだが、今回は抑え目。
 松宮の相方を務めるのは美貌の捜査一課強行犯係・平原優子。身長170cm近く、端正な顔立ち、冷たくも気品があり、「何で刑事なんかしてるんや」と思うほどの美形。初回の出動で、

「ラジオでもつけよか?」
(先輩刑事の提案に小さな返事)
 普段、ラジオを聴く習慣のない松宮はどこにチャンネルを合わせていいのか分からなかった。面倒なので、最初の設定のままにした。無線が聞こえるように音量を絞る。
「一番に入れるスィッチ何でしょう・・・・・・」

 大阪の名物司会者の番組。松宮は平原と会話が弾まない。司会者の話術で気持ちが安らぐ。

(平野)