週刊 奥の院 5.19

■ 岡崎武志 『昭和三十年代の匂い』 ちくま文庫 900円+税 
 2008年学研新書に増補。
 岡崎は昭和32年生まれ、大阪府枚方市生まれ、大阪市北区天満育ち、小3のとき枚方に戻る。
 映画『ALWAYS 三丁目の夕日』が“昭和30年代ブーム”の火付け役らしい。昭和33年に完成する東京タワー建設中の東京下町、「戦後」から高度経済成長に向かい始めた頃、庶民は貧しくても夢があった。
岡崎は自らの五感に残る30年代を語る。
目次
1.エイトマンとたこ焼き  2.おはよう!こどもショーおよび米産アニメの声優
3.あの頃はまだ戦後だった  4.初めてのシングル盤
5.価格の未来が明るかった時代  6.わが家にテレビがやってきた
7.アメリカのホームドラマ  8.少年期を包んだ歌たち
9.お誕生日は不二家のお子様ランチ  10.マンガに見る日本の風景
11.誘拐、孤児、家出の願望  12.昭和三十年代の匂い
13.のら犬と子どもたち  14.大阪市電とトロリーバス
15.汲み取り便所が果たしたこと  16.おじさまの匂い
巻末対談 ぼくたち昭和三十年代の大阪っ子――岡田斗司夫さんと――


「文庫王」「均一小僧」の名を持つ古本愛好家ゆえ、随所に本の話が出てくる。歌や映画もいっぱい。
 増補した(16)は男の「匂い」――「おやじくさい」について。昨今は「加齢臭」と嫌われる。

・・・・・・なぜ「おばさん」はセーフで、「おやじ」だけが攻撃されるのか。これは、女性に比べて、男性の方が汗、皮脂などの老廃物の分泌が多く、それだけ「匂い」が強いということらしい。それに、女性はいちおう、外出時に香水をつけるなどのケアをするから、「加齢臭」があったとしてもさほど目立たない。
(男のコロン、安いのは野暮。男のおしゃれは難しい。それにタバコ、口臭、アルコール・・・・・・)
「おやじ」は、満員電車で若い娘たちから鼻つまみにされてしまうのだ。・・・・・・

 岡崎、むかしはどうだったか? と振り返る。子ども心に「大人の匂いは好ましいものだった」。体臭、タバコ、仁丹、サロンパス、ポマード、背広の服地など、独特の匂いがあった。
「タバコ」
 昭和30年代を代表するのは「いこい」。そのポスターを『昭和なつかし図鑑』(平凡社、1999年)から紹介する。
 

ねじり鉢巻のおじさん(漁業従事者のように見える)が、耳にたばこをはさんでニカッと笑う写真が全体の三分の二を占め、その脇に「今日も元気だ たばこがうまい!」のコピー。これは、本当にうまそうだ。

サロンパス臭」
週刊朝日(別冊)新緑特別読物号』(昭和32年4月)の広告から。
グロンサン」(中外製薬、二日酔い予防)、資生堂のひげ剃り用化粧品や整髪料、それに「サロンパス」。

・・・・・・いま、電車に乗って、サロンパスの匂いを嗅ぐことなどめったになくなってしまった。私が子どもの頃、銭湯に行くと、湯船でサロンパスの貼り跡をつけたご老人を見かけたものだった。剥がしたあとに、湯に入ると、ちりちりと沁みて痛そうなむずがゆいような、なんともいえない感じ(と、これはあくまで想像)があったはず。・・・・・・昭和三十年代には通勤電車のあちこちで、湿布薬特有のメンソールの匂いが漂っていたはずだ。

「おじさまがモテた時代」
 日本映画全盛時代。

・・・・・・原作としてよく使われたのが、井上靖石坂洋次郎源氏鶏太獅子文六などが書いた大衆小説だった。彼らの小説にはしばしば中高年から初老の紳士が登場し、これがまた若い女性にモテるのである。・・・・・・

 石坂『乳母車』は宇野重吉と新珠美千代、井上靖『あした来る人』は山村聰と新珠、『通夜の客』は佐分利信有馬稲子
 原田康子『挽歌』は70万部のベストセラー、同人誌から単行本に。原田は「日本のサガン」と呼ばれ、舞台の釧路には観光客が押し寄せた。映画では森雅之久我美子主演。
 男の匂いや汗は、肉体、動き、立ち居振る舞い。容姿を含めた魅力。

・・・・・・いまや「臭み」「匂い」に対する、いささか病的なまでの嫌悪が加速している。それがCGを多用する映画人が「臭み」を描かない背景にあるとすれば、ちょっと怖い気もする。・・・・・・

 
(平野)「匂い」という感覚、わかる。