週刊 奥の院 5.7
■ 北尾トロ 『長く働いてきた人の言葉』 飛鳥新社 1500円+税
いろいろな職業の人に会って、仕事の具体的な中身を尋ねる。
……長く働いてきた人の言葉は興味深い。仕事の仕組みや、そこで起こるさまざまなことが、話し手のフィルターを通して臨場感たっぷりに語られるとき、単なる仕事の域を超え、その人にしか発せない言葉となって伝わってくるからだ。
(同じ職種でも人それぞれ)
同じ人生などどこにもないように、1人につき1つの物語がある。仕事の話がおもしろいのは、特殊な内容だからでも話し手が有名だからでもない。
「たいしたことやってないですよ」と答えそうな人たちばかりに会ってみようと思ったのはそんな理由からだった。毎回のように「なぜ私なんですか?」と問われるので、「たいした仕事じゃないと本人が思っていることを、長くやってきた人の話を聞きたいのです」とややこしい説得をすることになった。……
町の弁護士ひとすじ33年 ラジオ技術者人生24年
70歳現役印刷営業マン 脱サラから40年 カフェマスター
船員 海とともに31年 タクシー運転手25年
女性映像編集者 コンビニオーナー
スクラップ業 下町の仕事人生44年 新高円寺の床屋さん
船員Wさん。中学校で進路を決める時に、普通高校から大学進学はつまらないと思い、商船高専に進学。
あの、船って階級社会なんですよ。(軍隊の兵隊と士官のように)船員の技術を学ぶ海員学校(現・海上技術学校)と、商船に乗るような外航船舶職員を養成する商船高専があるんです。
(商船高専では)4年半だけ勉強して、最後の1年は実習。実際に半年間の航海をするんです。…… 海は好きでしたよ。漠然と海が好きで入った。(全寮制)上下関係とかわりときびしくて、殴られるとかも普通にあって。でもぼくは別に、こんなもんかなと。
卒業すると海技士3級。3級だけでは就職できないので在学中に上の免許をとる。日本郵船の関連会社に就職。
最初の航海はペルシャ湾に原油を積みに行く船。大きさ314m。乗組員18名くらい、機関士、航海士、無線士、コック。Wさんは航海士。機関士はエンジンを動かし、機械関係のメンテナンス。航海士は船の舵取り、気象、荷物の積み降ろしなど。初航海時はイラン・イラク戦争中。シンガポールに燃料補給で停泊するが陸には上がれない。目的地の石油ターミナルは沖。「港、港に女あり〜」というイメージはない。
Wさんは航海中の楽しみ、勤務体系、共同生活、賃金などについて話す。
最初の給料は手取り35〜36万円。
……その気になれば残せますが、上陸できるところに行くとバカみたいに使っちゃうんです。ストレス解消じゃないけど、これはもうねえ、使いたくなりますね。
海では本・雑誌が貴重品。沖ですれ違う遠洋漁業船が無線で「本をくれ」と。小さな船なら横付けして渡す。大きい船ならビニール袋に入れて海に投げ入れる。それを向こうが拾う。
Wさんはお子さんが幼い時期、家族と過ごすために毎日帰宅できる仕事に就いた。現在は内航だが長期に家を離れる。
……ぼくは31年間、この世界にいるわけです。それはやっぱり、船員が好きなんですよね。この仕事は、乗組員みんなと一緒に仕事をする一体感があるんですよね。一体感のない船は、絶対事故を起こすんですよ。不思議と。
町の弁護士Kさん。
(北)マチ弁にこだわる理由は? いい人、庶民の味方はキレイごとのような……
(K)僕らの時代は学生運動。「反権力」。検察官イヤ、裁判官イヤ、調停委員イヤ。弁護士会の上の方の役もやらない。……ちょっとヒネてる。
スクラップ業Tさん。
家業が金属スクラップ業。若い頃(野菜)モヤシの製造・卸しの手伝い、結婚して奥さんの実家の古書店の手伝い、家業で兄の手伝い。
(北)成り行きまかせの人生ですね。
(T)そうなんですよ。でもラクしてたわけでもない。スクラップの商売は、ド素人がしたら逃げ出すよ、つらいから。(重労働、それに相場変動)
……
北原の感想。
この本に説教じみた話や人生訓は出てこない。高いところから物を言う人は1人もいない。自分の言葉で、仕事や人生について語る人ばかりだ。インタビューが終わるとき、みんながこう言った。
「本当にこんな話でいいのかなあ、こんな普通のことばかりで」
こんな普通のことを見知らぬ人に話したことがありますか。
著者のブログ。 http://kitaotoro.blogspot.jp/
(平野)