週刊 奥の院 4.18

■ エリック・バーコウィッツ  林啓恵・吉嶺英美訳 『性と懲罰の歴史』 原書房 3200円+税
 著者、サンフランシスコ在住、作家、弁護士で法律専門新聞編集者。法律家の立場から「性と法律」について考える。 
たとえば、ある地域の部族に特有の因習とか道徳がある。
 20世紀半ば、アフリカの村でのこと。妻が眠っている間に夫が妻の乳房を口に含んだ。夫婦は関係が破綻しかけていた時期で、身の危険を感じた妻が地元の裁判機関に持ち込む。妻は保護され、夫は妖術使いとして犯人扱い。彼らの社会では、眠っている女性を抱くのは死体とセックスするのと同じだし、いついかなるときであろうと女の乳房を吸うのは子どもと大人の役割をあやふやにする行為だった。統治国イギリスの役人は部族の裁定を理解できない。「当事者夫婦にのみかかわりのあることなので裁判所の介入にはなじまない」「夫が暴力を用いないかぎりは法の立ち入る余地はない」「魔力や呪いは古臭い迷信」。
 性的な事柄に対して法律がどうかかわるべきか?

……セックスと法律に関しては、“現代的”見解と“原始的”見解のあいだにはそう違いがない。どんな時代、どんな場所でも、セックスと訴訟は切っても切れない関係にあり、どんなささやかな性的逸脱でも、だいたいなんらかの法的介入を受けてきた。
(ヨーロッパでは性に関して魔術を用いたとして訴えの記録が残る。性行為が「神の怒り」を招くと信じられていた。また、先のアフリカの夫婦が現代アメリカの学生だったとしたら、妻の訴えは真剣に聞き入れられたかもしれない)
……どんな場にしろ、性的な対立を解消する主たる手段が法律であることに異論を唱える人はいないだろう。現代西欧社会では、性的行為に関して移り変わってゆく規制を破っても魔術を行ったとして責められることはないが、それでいて実態は似たり寄ったりのことも多く、どれほど地位の高い人物だろうと、一般に通用していない性行為に走れば、法によって講習の面前で悪魔として断罪される危険と隣りあわせにある。
(地位も名誉もある人による性的暴行、セクシャルハラスメント、未成年との関係、メディアの性の扱い……、罰が科せられる。時代によって同性愛が認められていたこともある)
……性にまつわる法律に引っかかってくる事柄はどれも、人類の誕生とともに始まっている。変化しているのは、人々が自分や他人の身体を律するために用いる方法なり、そうした方法を選んだ理由のほうなのである。

1.性に関する最初の法――オリエントとヘブライ  血縁関係と血まみれの関係――最初の性犯罪  処女の領域  結婚の喜び  奴隷  売春  同性愛 ……
2.古代ギリシアの事例――名誉について  性に関するアテナイの法律、その要点  行為の最中を押さえられる  魚と野菜と熱々のピッチ ……
3.帝国の寝室――古代ローマにおけるセックスと国家  目の上のたんこぶ――高慢な女たち  処女性の値段  体、売ります ……
4.中世――断罪された群衆
5.近代化への模索――近世 一五〇〇年〜一七〇〇年
6.性のチャンスに満ちた新世界
7.十八世紀――解放と変革
8.十九世紀――試される人間性

(帯) 

 「性」はどのように禁じられてきたのか? なぜ禁じなくてはならなかったのか?
シュメール人が不貞に課した残酷な刑罰  近親婚を神聖視したゾロアスター教  キリスト教の戒律に耐えかね新大陸へ向かった大航海者  性衝動と法を軸に読み解く、異色の文明史。

(平野)