週刊 奥の院 3.24

■ 『望星』 4月号 東海教育研究所 東海大学出版会 552円+税 
特集 いじめって、なくなるんでしょうか?
● 根絶なんて考えないで、長期戦を  鈴木光司 他

 新連載が2本。
○ 池内紀 『きょうもまた散歩日和』 (1)小麦の炒り方 千葉県野田市の醤油産業 
 池内は兵庫県姫路市出身。隣の龍野市は醤油と酒の町。親戚の家によく遊びにいった。

……遊び友達は、仲間に「奈良漬」とよばれていた。家が造り酒屋で、酒粕の匂いがしたからだ。醤油づくりの家の女の子がいて、こちらは「お煮しめ」だった。
「奈良漬ェーとお煮しめェー、もひとつ煮しめてお茶漬ェー」
 大声ではやし立てた。晩秋龍野醤油は淡口(うすくち)で、業界大手のヒガシマル醤油は宣伝に漫才のギャグを使っていた。
「おまえはヒガシマルや」
「なんでや?」
「頭がウスクチやがな」

 野田の醤油、永禄年間(1558−70)が始まりとされる。江戸時代になって次々と醸造元ができた。

……風土が合っていたからだろう。醤油は小麦と大豆からできるが、広大な関東平野が控えている。もろみになるときは大量の塩を必要とするが、利根川、江戸川の水運がはこんでくる。それは大消費地江戸への直通便でもあって、川っぺりの町に醤油づくりのための条件がととのっていた。

 と、野田の醤油の歴史を紹介。
 町で元・醤油蔵組長の老人に出会う。
 小麦の炒りぐあいを見極めるのが何よりも難しいそう。鼻、目、耳による勘ばたらきで判断する。
「麦粒が焦げたありさま」を鼻でかぎとる。白い煙がとだえるのを見落としてはならない。炒りはじめは小さな音ではぜるが音がしなくなると、すぐに火を落とす。「炒りすぎると焦げくさい」……。
 池内、醸造家の美術館を見学して、おいしいコーヒー。
「なにやら本家の御当主になったここち」


○ 太田治子 『星はらはらと  二葉亭四迷の明治』
「正直に言うと、二葉亭四迷を読んだことがなかったんです」
 5年ほど前、テレビ番組で『浮雲』を取り上げることになって初めて読んだ。
「エリートでありながら器用に世の中を渡ることができない主人公・文三に惹かれていったのです」
 四迷(本名・長谷川辰之助)は尾張藩下級武士の子。東京外国語大学でロシア語を学び、ロシア文学の翻訳をしながら宮仕え。1897(明治20)年『浮雲』出版。語学優秀なエリート官吏がリストラされてしまう。1899年35歳で東京外大教授になるが、2年たたないうちに一人ハルピンに。1908年朝日新聞特派員としてペテルベルグに。翌年体調を崩す。肺結核だった。帰国途中の船内で亡くなった。

……彼ほど優秀な人ならチャンスはいくらでもあったはずなのに、自分を売り込むことが苦手なんですね。……たしかに器用とはいえない生き方でした。ただ、ずるさがなく損得勘定で行動しないので、同性からも愛され、信頼は厚かった。まさに快男児でした。彼の小説も、ロシア文学の深さと共に、情が深く、日本人の温かいやわらかな心も持ち合わせていましたから、読後感がいい。やさしさや人のよさがにじみ出てくるのです。……(インタビュー「快男児二葉亭四迷の魅力を描く」)

「星はらはらと」は、四迷の句、「柚子の花星はらはらとこぼれけり」より。

(平野)
NR出版会HP連載「書店員の仕事 特別編」 福島県いわき市鹿島ブックセンター鈴木さん「震災から二年をむかえて」
http://www006.upp.so-net.ne.jp/Nrs/memorensai_32.html