週刊 奥の院 3.1

今週のもっと奥まで〜
■ 川上弘美 『なめらかで熱くて甘苦しくて』 新潮社 1400円+税 
 性の不思議をテーマにした作品集。
「terra」より。
 沢田は隣の部屋の女性・加賀美が亡くなって、身寄りのない彼女の身辺後始末をする。麻美は山形まで納骨につき合うのだが……。加賀美と沢田のものと思われる性のシーンが再現される。不思議な哀しい話。
 男は女に紐をかける。白く、ほそい、縒りのある、やわらかい紐。肌にくいこまないよう、紐を……。

……
 紐の縒りはあまくなってくる。
 確かめるようにあなたは紐にふれる。とびでた細かいほつれを引くと、紐がしまる。時間がたってゆるんでいた紐が、手首に少しくいこむ。
 どうして紐をかけるの、と聞いてもあなたは答えない。しるし? かさねて聞くと、薄くうなずく。
 急にあなたが立ち上がるので、びくりとする。机の引き出しをひき、光るものを取りだす。はさみ。
 ひややかな切っ先を
ひらき、手首の紐の下にくぐらせる。あなたはぷつりと紐をきる。
 床に落ちた紐は、ただの白い屑となる。
 はさみと同じひきだしから、あなたは巻いた新しい紐をだす。端をひき、伸ばす。右の指でゆがんだ輪をつくり、左指でくぐらせ、ふたたびわたしの手首に紐を巻く。
 わたしは言葉を口にしない。あなたも。
 紐をかけたまま、わたしたちはかさなる。
 かけたばかりの紐は、ときおり手首にくいこむ。まだ狎れていない紐。
 わたしたちは長くまじわる。Aの面とBの面がまじわるとき、まじわった線を数式にあらわせ。ときおりそんなことをわたしは思う。
 思うけれど、すぐに忘れる。あなたの動きは激しい。
 あなたとまじわることは最初からこんなふうなものだと知っていたような気がする。知らなかったころは何も知らなかったのに。あなたのからだは熱い。

◆ うみふみ書店日記(その9)
2月21日 木曜
休み。
「朝日」記事。ドイツの児童文学者オトフリート・プロイスラー死去。「大どろぼうホッツェンプロッツ」「小さいおばけ」。

紹介するつもりだけだった『本読みの獣道』(みすず)に一本背負いでやられる。著者は一昨年亡くなったそう。またも遅れてしまった。本書については2月24日ブログを。

2月22日 金曜
ビジネス書のNJ出版社Mさん。一応営業なさる。けど、他の本の話の方が長い。硬派の文学中年。
GF、仏教書クッスーが注文品を買いに。営業なし。
【海】は営業さんのサロンか?

2月23日 土曜
本日より妻と娘、旅行。わーい独身、グータラ生活。

忘れ物のネコのぬいぐるみを引き取りにきた幼稚園くらいのお嬢さん。その子の人形かと思ったら、あとからお母さんと来た妹さんに手渡す。しっかり者のお姉さん。ネコに頬ずりする妹。『こんとあき』のシーンを思い出した。
お母さん「早く取りに行ってとせがまれたのですけど、なかなか来ることができなくて」。
児童書Tが、「ネコちゃん、待ってたよ」。
「ありがとう」とおっしゃるご家族に、おっさんはついホロッと。

夕方からいつもの常備入れ替え。大小3社をけたぐり、はたきこみ、かたすかし。

2月24日 日曜
オール讀物』、諸田玲子「あくじゃれ瓢六」でいいセリフと文章を発見。主人公・瓢六。水野越前守と戦う遠山左衛門尉派を助ける。瓢六の昔なじみで書肆の番頭鶴吉の言葉。水野派の弾圧に対して、

「……店なんざどうでもいい。おれは、本を守る。死んでも守る。本にケチをつけるやつは許せねえ。本となら、心中してやらァ」
 鶴吉は昔から本を溺愛していた。字も読めない男がなぜ本を……と、瓢六はいぶかったものだが、今はそんな疑問も消えてしまった。だれかがなにかを愛するのに理屈はいらない。番頭になったのだから表紙の文字くらいは読めるようになったのだろうが、鶴吉の本への愛着は中身うんぬんとは無関係だった。人が、人ならではの方法で、人としての思いを書きつける――そのことに胸がふるえるほどの敬意と憧れを抱いているのだ。


雑誌を探すのに手間取って、お客さんに「たよんないなー」と叱られる。「すみません」。

常連Sさん、久々のご来店。「入院しとってなー」。小一時間、本を探して、私としゃべって。

2月25日 月曜
アカヘルが朝礼で紹介した『安井かずみがいた時代』(集英社)をめくっていたら、懐かしい歌・歌える歌がいっぱい。小学校高学年から園まりや伊東ゆかりの恋の歌を歌っていた。一日中、頭の中は「♪いまはないもいわないで、だまってそばにいて〜」(園まりの「なにも云わないで」)。

2月26日 火曜
社長談。政権交代の影響で「教科書」のことがいろいろ未定。何より価格が決まっていないそう。【海】は、出版で教科書(水産、海洋など)を作っているし、書店は市内5校の販売を受け持っている。

その教科書関連、明日100ケース納品の知らせ。

閉店前に有名ジャーナリストご来店。(岩)(み)他たくさんご購入。お年玉的出来事! わざわざ神戸で、それも【海】で。ありがとうございます。

2月27日 水曜
荷物が多いこと、心の準備はしていた。しかし、体の準備=体勢がついていかない。運送会社の2人と【海】年寄り(とっしょり)3人で降ろす。

◆ 先週のベストセラー
1 都市生活研究プロジェクト 神戸ルール 中経出版
2 桐野夏生 ハピネス 光文社
3 村井康彦 出雲と大和 岩波新書
4 奥田英朗 沈黙の町で 朝日新聞出版
5 安部龍太郎 等伯(上) 日本経済新聞出版社
6 同上      (下)
7 阿川佐和子 聞く力 文春新書
8 黒田夏子 abさんご 文藝春秋
9 葉室麟 春風伝 新潮社
10 三浦しをん 舟を編む 光文社

(1)は地元ザツガク物。他は前回に続いて文芸物中心。
(平野)