週刊 奥の院 2.13

■ 万城目学 『ザ・万字固め』 ミシマ社 1500円+税
 装画・挿画 佐々木一澄  装丁 芥陽子 
鴨川ホルモー』『あおによし鹿男』『偉大なるしゅらんぽん』『プリンセス・トヨトミ』など、どういう小説と言えばいいのでしょう、やっぱり「幻想文学」? 文芸担当の指摘あり、訂正。『しゅらんぽん』ではなく『しゅららぽん』。「しゅらんはオノレじゃ!」の叫びが聞こえる。
 著者の姓は「まきめ」。昔、作曲家で「まんじょうめ」という人がいた。
「東海林」でも「しょうじ」さんがいれば「とうかいりん」さんもいる。「羽生」だと「はぶ」さんも「はにゅう」さんも。「崎」を濁る人濁らない人も。人名は難しい。
 なんで読みかたにこだわったかというと、本書所収の文に「わんちぇんむうがやってくる ヤァ!ヤァ!ヤァ!」というのがあるから。
 台湾で著者の作品がすべて翻訳されていて、出版社から招待された。ファンミーティングで自己紹介する。「萬城目學」=「わんちぇんむうしゅえ」だそう。当然「まんじょうめ」さんも「わんちぇんむう」になるのだろう。『日本の文字』(ちくま新書)にこうあった。
「漢字は無声の構成要素から成り立っている文字であって、基本的には、文字そのものは音をもたない。漢字を使用するそれぞれの地域で、各自意味の上での読み方をかぶせているだけである。……」
 
 サイン会に記者会見まで。「台湾の印象は?」と訊かれ、もごもご答えていると次の質問が……

「どうして、しゅららぽん?」
「えっと……」
 私は素早く考えをまとめようとする。ところが、まとめるほどの考えがない。
「なんか、響きがおもしろかったからです」
「いつも、そんなことを考えているのですか」
「いえ、別に考えてないです。このときだけ、何となくぽんと浮かんで」
「他にも同じような、おもしろい言葉のストックがあるのですか?」
「いえ、別にほかにはないです」
 私は何を答えているのか、と思った。まるでふざけているように聞こえやしないか、と冷や冷やした。……

 自分が台湾でどういう位置づけで読まれているのかわからない。深い理由などなく何となく感じたことをそのまま書いているだけという答えは、読者に「いけ好かない感触」を届けているのではと心配する。やりとりをしているうちに、ぼんやりと彼らの感覚がわかってくる。

……異国への憧憬(しょうけい)、自国とはまったく違う文化に出会う楽しさ、逆に同じところを発見したときの驚き、たとえばロンドンやパリといった誰もが知る大都市ではない、地方を舞台にした物語に感じる、より濃度の高い異国の質感にふれるよろこび――、といったものを、どうも台湾のみなさんは京都や奈良や大阪の物語を読んで味わっているらしい、ということだった。
「どうして、関西ばかりを舞台に書くのか?」
「どうして、歴史をからめるのか?」
「どうして、不完全な(未熟な)人物ばかりが主人公なのか?」
「あなたの作品は常に終盤で対決の場面が出てくる。それはなぜなのか?」
鹿せんべいを食べたことがあるのか?」
……

 熱心な読者ばかりだ。熱い!
 東日本大震災の話になり、万城目は台湾からの義援金に感謝の言葉を伝える。母親からお礼を言うよう申し渡されていたことも伝えた。会見の内容が翌日新聞やWEBサイトの記事となった。

「へえ〜、すごい」
 と感歎の声を上げつつ、それらを眺めたとき、ある新聞の記事の見出しに視線が釘づけになった。
 あれだけ私ががんばってしゃべったのに、何ゆえ別の人間が主役なのだ、と私は大いに憤慨した。
「媽媽有交代 萬城目學謝謝台灣」
 母に代わって、万城目学が台湾に感謝――。
 ちがうやろ。
 いや、合ってはいるけど、ちがうやろ。

 もくじ
マキメマナブの日常  旅するマキメ  デリシャス七重奏  やけどのあと(2011東京電力株主総会リポート)  マキメマナブの関西考  ザ・万字固め

「ザ・万字固め」は著者の宇宙論
(平野)