週刊 奥の院 2.12 

■ 石川九楊 『日本の文字――「無声の思考」の封印を解く』 ちくま新書 800円+税 
 書家。著書多く、大仏次郎賞など受賞多数。
序章 なぜ日本語だけが三種類の文字をもつのか
第一章 文字再考  書字はどこに位置づけられるのか  言(はなしことば)と文(かきことば)  漢字廃止論  文字を聞く言語  文字はどのように考えられてきたか  文字の歴史――結縄と絵文字 ……
第二章 漢字、ひらがな、カタカナ  構成と結合  かなの種類  ひらがな――土着語を文字化するために生まれた  カタカナ――漢語をひらくための文字  高村光太郎の文字が語るもの  カタカナはどのような文字か ……
第三章 書く文明、話す文明  文字は文体の問題、書は書体の問題である  「書く」という地点から考える  「rain」と「雨」に違い――文字の構成について  声をもつ言葉、もたない言葉  くずし字はなぜ可能か ……
第四章 点画の書法――東アジアの「アルファベット」  点画文字言語圏では習字教育が必須  点画法とは何か  タテ画とヨコ画――十字二法  筆書きが書字の基準  三つの点画の構成法――三字三法 ……
第五章 文字と文体  東洋詩と西洋詩は何が異なるのか  「掛字」の可能性  「掛筆」――和歌の詩的性格を支える技法  文字の詩、文字の韻律  縁語  見立  歌枕  意と音を心がつなぐ ……
第六章 堕ちゆく日本語の再生  ワープロの功罪  堕ちるところへ堕ちてゆく  書くことの復権

 日本語の特徴は何だろうか――という問いを立てることから出発しよう。文法、語順、発音……いろいろな切り口が考えられるが、いちばんの特徴は誰もがそれに馴染んでいながら、それと気づかなかった三種類の文字を使うという点に尽きる。

 漢字、ひらがな、カタカナ、三種類の文字を必要とする点から、日本語とは何かという問いに迫っていく。日本語論であり、日本文化論・思想論。
 例をあげる。
「一触触発」。もともと中国から来た漢字文体で、音読みする。
カタカナ文体では、「一触、即チ発ス」。
ひらがな文体なら、「ちょっとでも触れるとたちまち大きなできごとをひきおこす」という表現になる。
 漢詩「春暁」。「春眠不覚暁」「春眠暁ヲ覚ヘズ」「春の眠りは心地よくて夜が明けたのにも気づかない」

……三種類の文字を使うことは、文字の問題にとどまらず、三種類の文体が日本語のなかに宿っている――このことをまず理解する必要がある。……
 日本語のなかに漢文体が生きているから、漢字を廃止することは不可能である。同様に、二種類ある仮名を「カタカナかひらがなかどちらか一方にすればいい」という説も暴論である。

 石川は、〈和〉とはひらがなである、と言う。

……ひらがなによって、漢文、漢詩の表現閾を超えた和文や和歌をもちえた。これが東アジアにおいて、ベトナム、韓国・朝鮮、中国いずれの言語、文化とも異なる点である。

「春暁」のカタカナ文体とひらがな文体の違いは、カタカナとひらがなの違い。「文体を作る」ためには「文章をなめらかに書ける」ことが必須で、「なめらかに書ける」とは「なめらかに考えることができる」という意味。

……決定的な違いは「つづけ字で書けるか否か」にある。……

 次々と立ち上がってくる思いを文(かきことば)に高めていくのは、文字どうしがつながりやすいひらがなが適している。ひらがなの本質はタテにつなげて文章を書くことができる点で、つながるのは、文字で文章をつくるために言葉になる必要があるから。漢字は一字が一語と独立しても、ひらがなは基本的には二文字以上でないと一語にならない。カタカナは字形上も「つづけ字」にできないし、漢語を訓読するため(中国の文化を理解し日本に取り入れるため)の文字だから「つづけ字」にできない。文字とは文をなすものであり、文体をつくるもの。
 そのひらがなをヨコ書きしていると末尾がアルファベットのようになり、ひらがなとしての形が保てなくなる。そうすると無意識のうちにエンピツがなめらかに動かなくするよう、エンピツの持ち方が変になる。

 ひらがなを欠かせない日本語をヨコ書きするほどのおかしさはない。

 三種類の文字があり、三種類の文体が複合して日本語が成り立っている。

……ここに日本の重ねの美学、重ねの文化根拠がある。それぞれの文字に使い道があり、必要とされる場所があり、それより生まれ、かつ使いつづけられてきたのである。

 (平野)
 例によって、私、本書の序章をツマミ食いしただけ。残さず食べないといけない本です。
 なるべくタテ書きを実行しているのですが、Web上ではヨコ書きになりますな。ワープロというのもアルファベットから変換するのですから、いくら道具といっても、日本語を書くという本来の行為ではありません。