週刊 奥の院 2.4

■ 『銀座並木通り 池波正太郎初期戯曲集』 幻戯書房 2200円+税 
 生誕90年記念。作家活動の原点“芝居”作品3編、「銀座並木通り」「冬の旅」「夫婦」。いずれも現代劇。
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 幼少の頃に父母離婚。母と祖父に連れられ「芝居を観に行く」。小学校卒業後、株式仲買店で働き、同僚と映画を「観歩いたり」、文集を作ったり。14歳の時、雑誌を編集している叔父の用で長谷川伸を訪ねる。19歳旋盤工に。20歳、「婦人画報」の朗読文学作品に応募して選外佳作。その後続けて「入選」「佳作」。21歳、横須賀海兵団、敗戦時は通信兵。復員後、東京都衛生課臨時職員、DDT散布に従事。讀賣演劇文化賞選外佳作。選者の村山知義が上演、宇野重吉出演。翌年も応募、選者に長谷川伸。昭和23(1948)年長谷川門下生に。25年「冬の旅」「銀座並木通り」執筆。26年新国劇で自作「鈍牛」が上演される。
 表題作「銀座〜」は昭和29年7月初演。夏の終わり、銀座裏の酒場「バッカス」を舞台にした一夜のドラマ。マスター千代吉は放蕩無頼、酒と女に麻薬密売。女給は戦争未亡人。バーテンと愛人が共謀して金を奪って逃げる。娘は映画女優。男優、映画監督と三角関係でスキャンダル。常連客・夏川との会話。

……
千代吉 俺は俺だ。俺は一人ぼっちだ。こいつが俺の理想なんだ。モットーなんだ。
夏川  ユーがね、一人っきりで最後まで生き抜いてみせるっていう覚悟は、もうよくわかっているよ。黙ってやり給え、マスター。その方が男らしい。しかし、ミイにだけは弱音を吐いてもいい、人に云わないから。
千代吉 何ィ。俺は弱音なんか吐かんぞッ。
夏川  強い犬は吠えないよ。
千代吉 何ィ……。
夏川  ユーはね。もう、肉体の力も衰えてきてるし、今にもう、それだけに頼っていられなくなる。つまり、もう、この秋の風みたいな人生の季節に、足を踏み込んでるのさ。人間が一番、人間の匂いを恋しがるときなんだね。淋しさ。こいつは人間にとっては一番の強敵さ。……
千代吉 (黙って飲んでいたが、突然)俺はやるぞ。死ぬときは見っともない死に方をしないように、俺は俺ひとりの人生に、立派に責任を持ってやるんだ。
夏川  ふむ。苦しいが、やり甲斐のある仕事だね。お互いにしっかりやろうよ。
……

■ 文藝別冊『池波正太郎 <増補新版> 生誕90年記念総特集』 河出書房新社 1200円+税 
 こちらは小説家としての池波正太郎に焦点。2005年刊行分に増補。加わったのは3編。
 中村吉右衛門インタヴュー 「長谷川平蔵に学んだこと」
 池波正太郎江國滋対談 「長谷川平蔵の秘密」
 重金敦之 「池波さんの『行きつけの店』探訪」
 

 藤沢周平「池波さんの新しさ」より。
鬼平犯科帳』『剣客商売』『仕掛人・藤枝梅安』について。

……三大シリーズのひとつの見識は、ヒーローとなるべき主人公に、年齢や嗜好などで作者と等身大の人物を用意したことだったと思う。池波さんは主人公に、銭形平次鞍馬天狗眠狂四郎といった若くて恰好いい男たちをえらばなかった。自分によく似た年恰好の男を主人公に据え、時には風邪をひかせたり、時にはうまい物を喰べさせたり、実人生の自分も重ねながら物語をまとめて行った。鬼平や秋山小兵衛のリアリティは、多分そういったところから生まれたはずである。……

(平野)