週刊 奥の院 2.3

■ 梯久美子 『百年の手紙――日本人が遺したことば』 岩波新書 800円+税 
 1961年熊本市生まれ。編集者から作家に。2006年『散るぞ悲しき』(現在、新潮文庫)で第37回大宅壮一ノンフィクション賞。本書は、2011年7月〜9月、翌年同月に東京新聞連載「百年の手紙」をもとに出版。

 手紙は個人の心情を綴るものでありながら、書かれた時代を鏡のように映し出す。もっともプライベートな文章が、激動の時代にあっては、貴重な歴史の証言となるのである。

Ⅰ 時代の証言者たち  田中正造 天皇への直訴  幸徳秋水から堺利彦へ  伊藤野枝から大杉の妹へ  日露戦争の兵から母校へ ……
Ⅱ 戦争と日本人  火野葦平から長男へ  竹内浩三から友へ  大平ミホから島尾敏雄へ  戦犯の妻からマッカーサーへ ……
Ⅲ 愛する者へ  鳩山一郎から妻となる女性へ  森鴎外から妻へ  夏目漱石から娘たちへ  新藤兼人から杉村春子へ  山田五十鈴から山本周五郎へ ……
Ⅳ 死者からのメッセージ 知里幸恵から金田一京助へ  原民喜の遺書  近衛文麿の遺書  室生犀星堀辰雄への弔辞 ……

 幸徳から堺への手紙。明治44年元旦。
〈愈々四十四年の一月一日だ。鉄格子を見上げると青い空が見える〉
 年末母親の訃報に心を乱したことも告白している。
 1月18日死刑判決、24日死刑執行。

 竹内浩三が戦地から友に送った手紙。昭和19年。同級生が満州で戦死したと知って、
〈……ソウカト思ッタ。胃袋ノアタリヲ、秋風ガナガレタ。気持ガ、カイダルクナッタ。……満州デ、秋ノ雲ノヨウニ、トケテシマッタ。青空ニスイコマレテシモウタ。〉 

 翌年4月、竹内もフィリピンで戦死。遺骨も遺品もなかった。


■ 永田和宏 『近代秀歌』 岩波新書 820円+税  
 著者が100首を選んで、解説と鑑賞。

……藤原俊成は、その著『古来風体抄』のなかで、桜の花を見てそれを美しいと感じるのは、私たちが花を詠んだ名歌を数多く知っているからなのだと喝破した。普通は花が美しいから感動する、歌に詠むと考えるだろう。しかし俊成は、そうではなく、私たちが花を見て美しいと感嘆するのは、私たちの心の奥深くに刷りこまれてきた、花を詠った歌の数々によって、花を美しいと感じる感性がおのずから形成されているからなのだと言うのである。はるか昔に、パラダイムシフトとでも形容したくなるような、このような透徹した透視力を持った歌人がいたことに感動を覚えるのである。

“ベスト100”ではないし、これだけ知っていたらよいというものでもない。
「せめてこれくらいの歌は知っておいて欲しい」100首。
 恋・愛、青春、命と病い、家族・友人、日常、社会と文化、旅、四季・自然、孤の思い、死。便宜上10のテーマにわける。
「恋・愛」から。
 ほとばしる情熱。
やは肌のあつき血汐(ちしほ)にふれも見でさびしからずや道を説く君  与謝野晶子 
 ひたすらな思い。
髪ながき少女(をとめ)とうまれしろ百合に額(ぬか)は伏せつつ君をこそ思へ  山川登美子
 人妻との苦しい切ない恋。
君かへす朝の舗石(しきいし)さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ  北原白秋 
 強い男出でよ。
人妻をうばはむほどの強さをば持てる男のあらば奪(と)られむ  岡本かの子
(平野)
 田中正造が直訴した「足尾銅山」事件は、まさに「福島原発事故」後そのまま。富国強兵、重工業発展のためには「銅山」が必要という論理。