週刊 奥の院 1.25

今週のもっと奥まで〜 
■ 島田雅彦 『傾国子女』 文藝春秋 1600円+税 
 デビュー30年とか。
 主人公・白草千春、奇跡の美貌ゆえに波乱万丈の色と恋。その彼女が年老いて事故死、現場に居合わせた七海に取り憑く。霊が彼女に書かせる「女の一生」。場面は大学時代。大物政治家の息子・小平進一郎と交際。バイトで画家のモデルになったことを彼が怒る。画家にも抗議する。

――ごめんなさい。私が軽率でした。小平君がそんなに怒るとは思わなかった。
 彼は何もいわず、私の手を引き、車に乗せました。すぐに首都高速に乗り、何処か遠くへ連れ出そうとしていました。ドライブ中も終始無言を貫くので、私が「何かいって」と頼むと、「悪いと思ってるなら、黙ってついてきてくれ」といいました。走りながら、行き先を考えていたのでしょうか、横浜のホテル・ニューグランドに車を寄せると、小平君はフロントで部屋の鍵を受け取り、私の腕を摑んで、エレベーターに乗り込みました。こんな強引な小平君を見るのは初めてです。部屋に入るなり、彼はいいました。
――ぼくの目の前でも裸になれ。
「そんな大人げないこといわないで」といっても、「画家の前では脱ぐが、ぼくの前では脱げないのか」の一点張りでした。ふと、父の声が聞こえたような気がしました。空耳でしょうが、はっきりとこういうメッセージが聞こえました。
――せいぜい狂わせたらいい。それが千春の仕事なんだから。
 私はくすりと笑いました。そうです。狂いたければ、狂えばいいんです。私には何の責任もないのですから。わたしに罪があるとすれば、それは狂いたい男たちのいうことを聞き入れたことくらいです。
――何が可笑しい。
(千春は小平に他の女性と会うなと条件。彼はもう会わないと約束)
 そんな簡単に約束するということは、嘘をついていると見て間違いありません。それでも、ここは彼を立てておくべきだと思いました。「私を見たい?」と訊ねると、小平君は叱られた子どもみたいに頷きました。私は子どもにご褒美を上げるつもりで、ブラウスのボタンに手をかけました。小平君は顔を横に向け、唾を飲み込みました。
 私は「あっちを向いて」といって、バスルームに逃げると、下着をすべて脱ぎ棄て、バスタオルを纏って戻りました。小平君を牽制しながら、ベッドの上に座り、脇の下で止めていたバスタオルを外しました。「あ」といいながら、手を伸ばそうとする小平君を「触らないで」と突き放し、アトリエでしたのと同じ体育座りのポーズを取りました。
――我慢できない。
 股間もっこりさせ、鼻先を突き出して、私の肌に触れたがる小平君に私はいいました。
――私に触れたら、あなたの人生は変わってしまうけど、それでもいい?

 

◆ ヨソサマのイベント
■ さんちか古書大即売会  1.31(木)〜2.5(火)   
さんちかホール 10:00〜19:30(最終日は18:00)

参加店 あかつき書房、おくだ書店、オールドブックス ダ・ヴィンチ、カラト書房、口笛文庫、古書 漣書店、サンコウ書店、図研、清泉堂 倉地書店、トンカ書店、文紀書房、文庫六甲、勉強堂書店。
主催 兵庫県古書籍商業協同組合 078−341−1569
【海】でも「目録」を配布しています。

(平野)
NR出版会HP連載「書店員の仕事 19」は横須賀市「平坂書房モアーズ店」疋田さん、「この一冊を得るために」。
http://www006.upp.so-net.ne.jp/Nrs/memorensai_30.html