週刊 奥の院 1.16

■ 川本三郎 『そして、人生はつづく』 平凡社 1600円+税 
カバー装画 岡本雄司「小湊鉄道馬立駅」(木版墨摺り) 装丁 本山木犀
 2010年から3年間の日記。
 書名はイラン映画そして人生はつづく」(アッバス・キアロスタミ監督)から。90年イラン北部大地震のあと、監督が被災地を訪ね歩くドキュメンタリー。
川本が支えにしてきた言葉。
「どんな悲劇に遭ったとしても生き残った者は、昨日と同じように今日も生きてゆかなければならないという切実な思いがこの言葉にこめられている」

 
08年6月、著者は最愛の夫人を癌で亡くし、一人暮らし。

……物書きという仕事柄、幸い、一人でいることに慣れている。というか、物書きとは一人でいることが仕事のようなもの。
 本を読む、映画を見る、音楽を聴く、町を歩く。一人ですることばかりだ。旅も大半は一人旅。これに、家事という新しい仕事が加わった。……

第一章 東京つれづれ日誌  王子飛鳥山から中央線沿線まで。 大事な人たち。 北国、鉄道ロケ地めぐり。 アパートの青春ふたたび。 大地震の長い一日。 3.11という境界線。 東北を思う。 ……
第二章 家事一年生  ひとり遊びぞわれはまされる  日本の小さな町を歩く  復興は食と鉄道から  山口昌男先生の試験は「縄文時代の日記」  丸谷才一 徹底した雅びの人。
「家事」
 

 家事はすべて家内まかせだった。
 とくに家内は料理好きで、わたしが台所に入ることも嫌がった。いまとなってはそれが裏目に出てしまった。自分で慣れない料理をしなければならない。
 はじめのうちは外食に頼っていたのだが、朝から外食ではわびしいし、生活が荒れてしまう。それで朝はきちんと作って、しっかり食べるようにする。

 レパートリーが少しずつ増える。しかし、ひとりでは食材を持てあますし、腐らしたり干からびてしまったり。
 気をつけないといけないのは「忘れること」。電気つけっぱなし、洗濯の取り込み、水出しっぱなし、ガス……。電子レンジで温めたまま食事が終わって気づくことも(アルアル)。

 今日は朝から天気がいい。久しぶりに布団を干した。取り込みを忘れないようにしよう。

「ひとり遊び」
 習慣で朝1時間ほど散歩。ひとりになって、寺社で手を合わせることが多くなる。
 散歩帰りに豆腐を買う。野菜中心の食事。健康的と思っていたら、医者は「もっと肉を」と。焼肉屋にひとり入るのはわびしく、近所の友人に焼肉メイトになってもらう。
 電車に乗って遠出する「電車散歩」。といっても「読書」。はかどる。
 スポーツはいっさいしない。散歩も健康のためではなく、店を覗いたり、風景を眺めながら無為に歩くのが楽しい。
 窮極の「ひとり遊び」は眠ること。夜はお酒と映画のDVD。
 夜の散歩も。

 散歩をしたり、電車散歩にでかけたり、朝から風呂に入ったり。自由業は本当に有難い。「ひとり遊び」を充分に楽しめる。電話での長話もまずしないから、一日、宅配便のおじさんとスーパーのレジの女性としか話さない日が多い。
 古本屋の主人に「駄目だよ、もっと人と喋らなくては。ボケちゃうよ」と怒られる。それで週に一度くらいは、親しい編集者たちと酒を飲むようにしている。みんな私から見れば子供か孫のような世代。話していると若返る気分がする。歓談が最高の酒の肴になる。

 楽しく健康に暮らしておられる。
 夜の散歩で、高台の小さな神社に上って手を合わせると、夫人が「そばにいるように思える」そう。
 
(平野)