週刊 奥の院 10.4

■ 今尾恵介 『地図で読む昭和の日本 定点観測でたどる街の風景』 白水社 1900円+税
 

 明治維新以来、近代化を急速に進めた日本。その激変の時代にあって全国各地の都市は、江戸時代までに形成された原型を基礎にしつつも、その後の殖産産業、富国強兵などのスローガンの下に大きく変貌させられていった。
 本書は首都・東京の都心部とその近郊から県庁所在地、全国各地に分布するさまざまな顔をもつ中小都市に至るまで、人間の長らく居住してきた土地を追って「定点観測」する試みである。……

 著者は20年以上かけて集めた地形図で、この作業を行う。長い歴史の中で政治・経済の変動、戦争、自然災害などで、同じ場所が目まぐるしく変化した。

……しかしありがたいことに、日本にはこれら百年を超える「歴史の重み」を一定の約束――図式に従って平面図に翻訳した地形図の蓄績がある。その中でも明治末から整備が進められてきた最大縮尺である一万分の一地形図の表現力は実に精緻だ。

地図を読む人は、平面の地形図から「見てきたような風景」を思い浮かべることができる。 
目次
急速な欧化政策――銀座・有楽町 
水車と電線会社――西新宿・代々木
日本初の水力発電所と電車――京都・蹴上
塩田と養魚場は京浜工業地帯へ――川崎
砲兵工廠の最寄り駅から大阪北東のターミナルへ――大阪・京橋
兵員輸送の拠点港から大工業都市へ――広島・宇品
古代以来の国際貿易港の町――博多
……
全国28ヵ所。

 兵庫県では芦屋市南部。「浜沿いの農村から住宅都市へ」。地図は、明治43年、昭和27年、平成17年。
 六甲山から芦屋川が土砂を運び扇状地になり畑が広がる。海岸は「白砂青松」。川は天井川、明治7(1874)年開通した鉄道は芦屋川をトンネルでくぐらねばならなかった。西の住吉川、石屋川も同じ。明治38年に阪神電気鉄道が開通。大阪梅田から神戸三宮まで、ほぼ1キロ間隔で停留所を設置。阪神間の「電車競争」の幕開けだ。当時は武庫郡精道村、阪神芦屋駅北側にある「芦屋遊園」は村営公園で、阪神は多額の補助金を出したそう。阪神電鉄の南側は西国街道で、村役場があり、小学校も。精道小学校(明治5年開校)は今もこの場所にある。大阪の経済人や豪商が別宅を構えるようになる。
 昭和27年地図では、扇状地は住宅地になり、人口増加。昭和15年に「村」からいっきに「市」になっている。西国街道は国道43号線に。
 平成17年図になると、扇状地の砂浜は消え、埋め立てで海岸線はさらに南になった。神戸市側の海岸のすぐ南には埋立地が目前に迫ってきている。震災後、芦屋市も海上に大幅に広がった。
 埋め立てで「白砂青松」は消え、大阪湾の遥かに見えた和泉山脈も埋め立て地の倉庫群に遮られた。

……今後はどこまで「発展」したところで、海岸線の成長は止まるのだろうか。

(平野)
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