週刊 奥の院 7.27

今週のもっと奥まで〜
■ 花村萬月 『よろづ情ノ字薬種控』 光文社 1600円+税
 将軍綱吉の頃。情ノ字は「女の病に関する薬あれこれ、ときには秘具・性具」を商う。女にモテる、厭きれば捨てる、まとわりつけば殺しもする。そんな男が夜鷹・おしゅんに惹かれた。中絶の施術をしてやり、元締めから引き取った。大きな代償(?)で。
「俺はおしゅんを治してえ……あいつの怯えを治してえ」
 おしゅんは不幸な境遇だが、無垢な心を持っていた。いとおしく思った。
 闇の仕事から戻って、おしゅんを抱きしめる。

「おまえはいままで死にたいと思ったことがあるか」 
「うん」
「あるのか」
 念を押すと、強く頷いた。
「ある。幾度も」
「俺といっしょになってからは、どうだ」
「――ないかも」
「死ぬな、おしゅん。いいか、おしゅん。死んだら、いかん。死ぬな、おしゅん」
……
(おしゅんはよく夜中にうなされていた)
「いいか、おしゅん。おまえが眠っている横には必ず俺がいる。忘れるな」
「忘れるなって、眠っているときも」
「そうだ、眠っているときも忘れるな」
「――忘れないようにする」
「よし、忘れなければ、夢も見なくなるさ。さあ、いいよ。こらえてるんだろう。遠慮しないで気を遣りな」
……

(平野)
NR出版会連載企画「書店員の仕事 特別編 東北発6」 
【それぞれの日常に、本ができること】 岩手県北上市 ブックスアメリカン 笘米地さん
http://www006.upp.so-net.ne.jp/Nrs/memorensai_25.html