週刊 奥の院 7.13

今週のもっと奥まで〜
■ 『甘い罠 8つの短篇小説集』 文春文庫 533円+税
 江國香織小川洋子川上弘美桐野夏生小池真理子高樹のぶ子郄村薫林真理子 
「8人のミューズがささやく、美しく怖い物語」 
 紹介するは、川上弘美「天にまします吾らが父ヨ、世界人類ガ、幸福デ、ありますヨウニ」
 葉子、小説家、47歳。離婚歴あり。学生時代、恋人みたいな関係だった関谷は編集者。彼も離婚。彼は「隔靴掻痒男」。誠実で、悪い人ではないが、決め手に欠ける。恋愛時代はキスまで。そうなりかけたことがあったが、葉子の「いやん」で「いやならやめるよ」となった。今、彼のことを思うと、胸の奥が熱くなる。食事して、バーに。葉子は様々な展開を考える。しかし、「好き」の気持ちより、筋書きが進んでいくことに自己嫌悪状態。

……
 バーのカウンターで頭をかかえながら、わたしは関谷くんに言いました。 
「ねえ、昔は、楽しかったね」
「うん」関谷くんは素直に答えた。
「関谷くんのこと、好きだったなあ」
「僕も、葉子ちゃんのこと、好きだったよ」
 ああ、わたしはそのとき、天啓のように思ったのです。やっぱりわたしは今も、関谷くんが好きだ。純化された恋情だの、その是非を確かめるだの、シナリオ通りに運ばれてゆくいまいましさだの、そんなことは、ほんとうはどうでもいい。
 たった今、ただ、わたしたちはここにいる。二人で。ふたたび、二人きりで。
「今も、好き?」わたしは聞いた。あとさき考えず。反射のように。よろこびに満ちて。「好きだよ」関谷くんは優しく答えた。
 わたしたちは、見つめあった。
 ここから始めよう。私は思った。まごころをこめて。
……
(「閑話休題」という言葉を、編集者に注意されてから使わなかったが、やぶれかぶれで使う。彼、鈍感なのか、避けているのか……)
 だって。
「昔、しなかったから、僕たち、こうしていられるんだよね」ほほえみながら、関谷くんはそう続けたのです。
 え? 意味がわからずに、わたしは聞き返しました。
「セックスってさ、一度しちゃうと、もうそれっきりでしょう。……葉子ちゃんとは、体の関係のない清いあいだがらだったから、そしてこれからも清いあいだがらだからこそ、いつまでたっても、こんなに、素敵なんだよね」
 そうね。
 しぼりだすように、わたしは答えた。
……


 話の内容はそうHでもないのですが、弘美さんが、「したい」を連呼し、もっと率直なことを書いているので、それがとっても……、うれしい。
(平野)
○ ヨソサマのイベント
 先日お知らせした「夏葉社」島田さん、岐阜に続いて翌日姫路にも。http://ohisamayuubinsya.blog.fc2.com/
 姫路の女子古本屋「おひさまゆうびん舎」のイベント、朗読会。