週刊 奥の院 6.29

今週のもっと奥まで〜
■ 小説現代 7月号 講談社 895円+税
特集:10分間の悦楽 
藍川京「妖天女」
 
高い塀の巡らされたとんがり屋根の白い洋館。バー経営・美津花はその庭からの香りに立ち止まっていた。現れた男は店の客・奥原。

「ここにお住まいでしたか。……とてもいい香りがして、何の花かと」
「よろしかったらどうぞ。世界にひとつしかない香りですよ。ここにしかない薔薇の花ですから」
(庭から玄関、廊下を……)
 奥に進むほど妖しい香りが濃くなってきた。花の香りでありながら、なぜか肉を連想させ、男と女が絡み合っている熱い時間が脳裏に浮かんだ。上品な香りでいながら、肉への欲望がふくらんでいく。妖しい香りには睦みごとのような甘やかな魅惑が秘められている。
 (花の名は妖天女)
「色が変わるんですよ。綺麗な女性が近づくと色が……」
 指先を花に近づけたとき、純白だったはずの薔薇の花がかすかにピンク色に色づき、目の錯覚かと思った。だが、実際に変化しているとわかり、美津花は喉を鳴らした。
「妖天女は女性の色香で色づくんです。女性が欲情すればするほど、花びらもしっとりとしてきて、いっそう香りが濃く漂い出すんです」
 紳士の奥原しか知らないだけに、その言葉に動悸がした
「ママを屋敷に招いたのは、間違いなく妖天女の色が変わり、至高の香りを放つと確信できたからです。ほら、香りも変わってきたでしょう?」
 妖しさが際立ってきたのは香りだけではなく、ピンクの濃さも増し、信じられないことに、花びらは霧雨にでも包まれているように、見るからにしっとりと潤ってきた。……

 

 講談社文庫新刊、『10分間の官能小説集』 (476円+税)発売。
 石田衣良、三田完、あさのあつこ小手鞠るい他。
(平野)
NR出版会HP連載「書店員の仕事 特別編 東北発5」
福島県郡山市 みどり書房 小池さん 『再オープンにこぎつけたい一心で』
http://www006.upp.so-net.ne.jp/Nrs/memorensai_24.html