週刊 奥の院 6.25

■ 藤枝静男 『田紳有楽 シリーズ日本語の醍醐味3』 烏有書林 2400円+税 
 藤枝は本名勝見次郎(1907−93)、静岡県藤枝町生まれ。第八高等学校時代に平野謙本多秋五に出会い、志賀直哉小林秀雄を知る。36年千葉医大卒業、眼科医、50年浜松で開業。作家デビューは47年、平野・本多が考案した筆名で、『近代文学』に「路」を発表。以後10年間に7作短篇を発表。芥川賞候補に3度。文学賞多数。『田紳遊楽』で谷崎潤一郎賞
 ある家の池に放り込まれている骨董まがいのグイ呑み、茶碗、丼鉢。それらしく変色させようと家の主人が泥水に沈めている。これらが勝手に動きまわり、来歴を語る。人間に変身するのもいるし、池の出目金とナニするのも。主人は実は56億何千万年後に出現するとかいう弥勒で、山奥の池にはその弥勒を待っているニセ阿闍梨が姿を変えて大蛇となっている。そやつ元は丼鉢が仕えたラマ僧で……。

[解説 七北数人]
 ある人は私小説の求道者と呼び、ある人は幻想小説の鬼才と呼ぶ。いずれも真なり、と言っておくのが藤枝静男という作家には最もふさわしい。
 思うに、志賀直哉に師事した私小説作家というレッテルで藤枝は損をしている。戦後、友人の平野謙本多秋五が考えてくれたというペンネームもなんだか地味だ。これも損をしている。本当は摩訶不思議、奇妙奇天烈な作家なのに、世間ではそのあたりがうまく伝わっていない気がするのだ。……
(「田紳遊楽」について)
……私小説の要素など皆無に等しい、奇想バクレツの壮大なファルスである。
 グイ呑みと金魚が交合し、茶碗が人間に化け、丼鉢が空を飛ぶ。そのうえ弥勒菩薩から地蔵、大黒、妙見さんまで現れ、乱痴気騒ぎ。並みの空想など及びもつかない底なしのエネルギーとパワーに圧倒される。
 これを藤枝は「私小説」と呼ぶ。
……

 哲学、宇宙、宗教、芸術……、「私」を深く深く考えるという意味でしょうか。

■ 『海鳴り 24』 編集工房ノア 非売品 
 年1回の同社PR誌。毎回同社のご厚意で配布しています。今回到着が遅くなっていました。たぶん、大阪から東回り便と思います。
 天野忠山田稔庄野至、杉山平一……、同社出版作家たちの文章をお楽しみください。

(平野)