週刊 奥の院 6.23

■ 山田稔 『コーマルタン界隈』 編集工房ノア 2000円+税  
装画 野見山暁治「パリの窓」  装幀 森本良
 80〜81年『文藝』に掲載。81年9月河出書房新社より単行本。芸術選奨文部大臣賞受賞。99年、原稿を加え、堀江敏幸の解説を付してみすず書房。今回、内容を河出版に戻して、加筆・修正。
 

 マドレーヌ寺院からオペラ座の前を通って東へ延びる大きな通りがいわゆるグラン・ブルヴァールで、そのマドレーヌとオペラのほぼ中間、正確にいうなら、日本でもシャンソンで名高いオランピア劇場の角から始まり北へ、オスマン大通りを横切ってサン=ラザール通りに達するかなり長い通り、それがコーマルタンである。……

 同じ通りでも南と北で趣きが違うよう。南は人通りがなく活気に乏しい。北はサン=ラザール駅をひかえ、代表的な百貨店がふたつ隣り合う。

……朝は通勤者、日中は買い物客で混み合っている。京都でいえば四条寺町下ルあたりにでも相当するのだろうかと、あまり詳しくもない京の街並みを思い描いたものだが、適切な比較であるかどうか。

 名称の由来は、フランス革命直前の町人(ブルジョワ)代表――パリ市長のような地位――の名前。1849年につけられた。元々商業の中心地。
 その通りの北端、キャフェに挟まれたポーチの奥の建物が山田の住まい。コの字型の7階建て。中庭は「ボードレールの詩にあるみたい」だが、聞こえてくる音は、

……残念ながら石の床にひびく「薪の音」やどこかで柩に打つ「釘の音」でなく、四季を通じて管理人が手荒に出し入れするごみバケツの、いらだたしくうつろな音だったのである。

 庭を隔てた向かいの棟に住む老夫婦の親切、やはり向かいの棟の若いヴェネズエラ人夫婦のこと、早朝に共同トイレで咳込む隣人、おそろしい目つきのパン屋のおかみ、家主の代理人でシネマ支配人の一日、日曜日のコーマルタン散歩、犬を連れた女(娼婦?)、クリスマスの街頭芸人たち、元日本新聞社パリ支局員エヴァ……。

パリ街頭のたたずまい、さまざまな住人たち。
孤独を影のようにひきながら暮らす異邦の人々、異邦の私に湧く、友情のようなもの。
街と人が交わり息づく深く静かな時のささやき。(帯) 

(平野)