月曜朝礼 新刊案内
【文芸】 クマキ
■ ポール・オースター 著 柴田元幸 訳
『ブルックリン・フォリーズ』 新潮社 2300円+税
余命を宣告されたネイサン(60歳)が故郷のブルックリンに戻る。甥のトムと再会して……。
悲しいお話のように思えるが、実は温かい幸福の物語。
ネイサンがトムに最後に会ったのは妹である彼の母親の葬式。トムはミシガン大の大学院で文学を学ぶことになっていた。ネイサンのお気に入りの甥で、何度も本をプレゼントし、文学の話をした。頭のいい雄弁な読書量の豊富な子。きっと一流大学で職を得ていると確信していたのだが……。彼は古本屋で働いていた。外見もすっかり変っていた。
再会の場面。
昔からずんぐりしている方ではあって、骨の太い、農民風の、相当な体重に耐えるべく作られた体つきを、なかばアル中だった不在の父親から受け継いではいた。だがそれでも、最後に会ったときは、まずまず健康そうな姿だった。でっぷりはしていても、筋肉もしっかりついていて、足どりにもスポーツ選手のような弾みがあった。それが、七年たったいま、たっぷり十五キロは肉がついて、いかにもぽてっとした肥満体になっていた。あごの線のすぐ下がたるんで二重あごとなり、両手まで中年の鉛管工あたりによく見えそうな感じにぽってり丸みを帯びていた。何とも悲しい眺めだった。目から輝きが消えていて、全身から敗北の空気がたちのぼっていた。……
(トムは床に落ちたコインを探している。ネイサンはカウンターに身を乗り出して)
私はえへんと咳払いしてから、「ようトム、久しぶりだな」と言った。私の甥が顔を上げた。はじめはとことんまごついている表情で、私が誰だかわからないのでは、と不安になった。だが、次の瞬間、笑みがその顔に浮かびはじめた。笑みが広がっていくなか、それがかつてのトムの笑顔であることが見てとれて私は勇気づけられた。まあかすかな憂いは加わったかもしれないが、恐れていたほど変わってしまったわけではないようだ。
「ナット伯父さん!」とトムは叫んだ。「ブルックリンくんだりで何してるんです?」
私が答える間もなく、トムはカウンターの向こうから飛び出してきて、両腕で私を抱きしめた。大いに驚いたことに、私の目に涙があふれてきた。
訳者のあとがき。
Follyとは「愚行」「愚かさ」の意であり、事実、この小説の語り手兼主人公であるネイサン・グラスも、自分をはじめとする人間のさまざまな愚行を書きつづった書『人間の愚行の書』を執筆中であるし、オースターには珍しく群像ドラマと言っていいこの小説の登場人物たちの多くが、何らかの意味での愚行を犯したりもする。だがこの小説は、そうした愚行を、正しさの視点から断罪したりはしない(もしストレートに批判されているものがひとつあるとしたら、それは、非寛容な宗教的狂信だろう)。人物たちに向けている語り手の、そしてその向こうに見える作者の、目はおおむね温かである。
以下、クマキ談。
「9・11」にも触れられていて、アメリカの現代作家には避けられない問題。
オースターは翻訳が待たれる作家のひとり、というより、最も待たれている作家。これは、翻訳者・柴田元幸の功績。
装画:大野八生
【芸能】 アカヘル
■ 小沼勝 『わが人生 わが日活ロマンポルノ』 国書刊行会 2000円+税
(帯)
神代辰巳、曾根中生、田中登と並んで《日活ロマンポルノ》を代表する映画監督小沼勝。谷ナオミ主演SM映画の傑作『花と蛇』や『昼下りの情事 古都曼陀羅』『箱の中の女』など独特のロマンティシズムに彩られた耽美的傑作を数多く手掛けた鬼才監督が日活ロマンポルノに捧げた映画人生を縦横無尽に綴る回想録!
日活創立100周年。http://www.nikkatsu.com/report/201205/001101.html
スチール写真多数。カバーは谷ナオミ、『花と蛇』より。
【学参・辞書】
■ やくみつる 監修 『解りそうで解らない間違いやすい漢字問題』 二見書房 562円+税
ベストセラー『読めそうで読めない漢字』(出口宗和、同社)に続いて。
やくみつる あとがき。それにオリジナル問題も。
(出口本に)較べると、稍、難易度を抑え目に編まれていると云う事だったんですが、中々如何して、結構手強い。併し、「なかなかどうして」を漢字で表記すると、斯う成るんですね。普段は斯様な書き方しませんので、可成り違和感有ります――
【海事】 ゴット
■ カベルナリア吉田 『絶海の孤島』 イカロス出版 1600円+税
新聞社、雑誌編集を経てフリーライター。「急がない旅」をテーマに紀行文。紹介する島は、山形県飛島、東京都青ヶ島、山口県見島、鹿児島県悪石島、沖縄県北大東島・南大東島など10ヵ所。
本州「大陸」から遠く離れた場所に、その島は浮かんでいる。
四方を海で囲まれ、海によって隔てられた、
逃げ場のない閉じた世界。
そこには「大陸」に住む者には想像もつかない、
もうひとつの日本があるかもしれない
――そう考えて、旅に出た。
日本をもっと見てみたい。もっと日本を知りたい。
だから、もっと遠くへ。水平線の先へ。
遥かなる海を渡り、その先に浮かぶ絶海の孤島へ――。
島の雑誌
『島へ。』海風社 7月号発売中 743円+税
特集 「トカラ列島 前編」 「ダイナミック隠岐」
奇数月1日発売。
『季刊 しま』 (財)日本離島センター No.229発売中 700円+税
特集 離島振興への提言Ⅱ
バックナンバーあり。
(平野)