週刊 奥の院 5.18

今週のもっと奥まで〜
■ 葉月奏太 『ふっくら熟れ妻』 双葉文庫 600円+税
 製パンメーカー営業・田部浩樹、取引先スーパーの担当者・瀬名千春に恋心。彼女に夫婦仲がうまくいっていないことを告白される。でも、最近彼、モテモテで、他の女性ともお付き合い。千春が仕事を休んでいるのを知って心配、そして愛していると気づく。彼女を捜す。

 どしゃぶりの雨の中、公園のベンチに腰かける彼女を見つける。 
「せ、瀬名さん……風邪、引きますよ……」
「あ……どう……して?」
「前に行ったじゃないですか。どんなことがあっても、俺は瀬名さんの味方だって」
「浩樹くん……わたし……毎日、浩樹くんに会うのが楽しみだった……浩樹くん、どんなときでも一所懸命で……だから、わたしもがんばろう、って気持ちになれたの」
「お、俺も、瀬名さんに会えるのを励みにしてました」
(千春をアパートに連れて帰る)
「シャワーを浴びてきてください。身体が冷えてると思いますんで」
「浩樹君も、いっしょに……お願いだから……」
「せ、狭いんです、すごく……ホントに窮屈なんです。だから、お先に――」
「いやっ……ひとりにしないで……お願い……ひとりはいや……」
「で、でも……身体を温めないと……」
……(本で読んで)
 どれくらい時間が経ったのだろう。
 二人は抱き合ったまま、ベッドに横たわっていた。
 千春がいっしょにいてくれるなら、これから先、どんな困難があっても乗り越えていけそうな気がする。
 決して一時の感情ではない。豪雨のなかで、彼女を捜しているときから考えていたことだった。
「俺、まだ、ボーナスとかほとんどなくて……」
瞳をまっすぐに見つめると、思いきって切りだした。
「しばらく、引っ越しできそうにないんだ」
 今はまだ十分な経済力を持ち合わせていない。だが、絶対に悲しませるようなことだけはしないつもりだ。
「風呂、すごく狭いけど、……それでもいいかな?」
 きょとんとしていた千春の瞳に、見るみる涙が滲んでくる。そして、大粒の涙をぽろぽろこぼしながら、何度も何度も頷いてくれた。
 浩樹の胸にも熱いものがこみあげてくる。思わずもらい泣きしそうになり、彼女の頭をそっと抱き寄せて誤魔化した。
 長い醗酵期間を経て、二人の愛がふっくらと膨らみはじめた瞬間だった。

(めでたしめでたし)
(平野)
 ある人が、「奥の院人文社会」もうひとつだけど、「もっと奥まで〜」は信頼していると。褒められて(?)うれしい。