週刊 奥の院 11.18

今週のもっと奥まで〜
■ 丸谷才一 『持ち重りする薔薇の花』 新潮社 1400円+税
 世界的弦楽四重奏団メンバー30年の人間模様。不倫、嫉妬、裏切り……。
 語り手は元経団連会長、アメリカ赴任時代に彼らと知り合い、バックアップしてきた。
 引用部分は、NとOの妻駆落事件。Oは妻に中絶手術をさせていた。妻は家出してNと旅に。ふたりは12日目にニューヨークに戻る。Nは彼女とは何もしなかったと告白するが、まわりの人間は信用しない。のちに他のメンバーが会長に話す。

「……それで訊ねたんです。何もしないつていふのは、キス一つしなかつたのかつて。そしたら、した、といふんですよ。ニュー・ヨークに帰つて来て、ニュー・ヨークのホテルで。つまりそれまで十日ばかりキスもしなかつた。それを聞いて、ぼくは逆上しましてね。かつとなつて、どなつたんです。ベッドでキスをして、それで打切つて平気でゐたのかつて。そしたら……思ひがけないこと言ひ出して……」
「思ひがけない?」
「妊娠中絶のあと二週間は慎まなくちやいけない、と医者から言はれてるんですつて。それで、明日の晩になればできると思つてた、ですつて」
「あつ!」とわたしは叫んで、しかし、「でも、何もそんな杓子定規なこと言はなくたつていいんぢやないか。一日や二日のずれ、かまはない」
「まつたくその通りですよ。そんなのかまはない、差し支へない、医者だつてサバ読んでる、とぼくはどなつて、さうか、そのせいでキスしかしなかつたのか、控へたのか、と溜息をついた」
「うん」
「さうしたら、肝腎なことはしなかつたけれど、ほかのことはいろいろしたと打ち明けたんです」
「いろいろ?」

 いろいろして、彼女は紫だけの虹、続いて青だけの虹の世界へ……。
 くわしくは紙版。もしくは本で直接。
(平野)