月曜朝礼 新刊紹介

【文芸】クマキ
■ 今村友紀 『クリスタル・ヴァリーに降りそそぐ灰』 河出書房新社 1200円+税 
 第48回文藝賞受賞作。86年秋田県生まれ、東大大学院在籍。医学部から作家志望で文学部に。
 (帯)より 「閃光と轟音とともに、〈それ〉は始まった――」外部と遮断された渋谷の女子高、徘徊する化物、……そして、矛盾し始めた少女の世界
  

 もの凄い稲光がピッカーンと差し込んできて一瞬視界が真っ白になって徐々に教室のなかが見えるようになってくる頃にどごごごごごごごごごごと地響きがするのでみんなは大パニックになって席を立ってわああきゃああと叫んで私はただ口をあんぐりと開けてぼーと机に座ってふと手元を見るとたったいま計算を終えたばかりの積分計算の数式を私は右手に握ったシャープペンシルを無意識のうちにデタラメに動かしてぐちゃぐちゃと塗りつぶしていてそれを止めることもできない。……

 1センテンスが長い、読点もない。場面の凄まじさを表わしている。
 選考委員たち絶賛。
「突然、主人公が巻き込まれた大きな事件。既存のどんな論理や倫理も役に立たない世界で、彼女はまったく新しい論理や倫理を作り出し前へ進む。これこそまさに、(3.11)「以後」の小説の姿である。」高橋源一郎 
吉田篤弘さん、2点。
■ 木挽町月光夜咄』 筑摩書房 1800円+税
 初のエッセイ集だとか。といいながら、幻想シーンも。木挽町は曽祖父吉田音吉氏(以下敬称略)が鮨屋〈音鮨〉を営んでいた町。音吉は大正8年に亡くなっていて、おそらく祖父の代に関東大震災木挽町を離れている。
 5月のある日曜日、著者は自宅から銀座2丁目=木挽町まで歩く。約12キロ。駅で水と新聞、コーヒーを飲んで出発(道のりは略)。銀座に着いたのは夕方。木挽町の路地で野良猫と目が合う。
 

 このまま、この路地の野良猫になれたら言うことはない。ここは自分の場所である。ここが自分の場所だった。東京という街の舞台袖のようなところ。傷ついた野良猫が安住できる路地裏。そこへ、はるばる西から歩いてきた吉田音吉は住みついた。……
 あとずさりして、少々離れたところから眺めると、焼き魚の煙の向こうに〈音鮨〉が浮かび上がった。夜の路上にあかりがもれ、真っ白なのれんが夜風にあおられる。今日はひとけがない。芝居もないし、たぶん客は来ないだろう。
 不意に店の戸があいて、しけた夜だな、と音吉が困ったようなしかめツラをのぞかせた。いい月が出てやがる。空を見上げて、長々と溜め息をついた。
 それから、何となくこちらの方を見た。しばらく見ていた。
 かすかに首をひねり、その目に月の光を一瞬うつしたかと思うと、ためらうことなく、音吉はぴしゃりとばかりに店の戸をしめて見えなくなった。

 版画は片岡まみこさん、装幀はクラフトエヴィング商會。
■ モナ・リザの背中』 中央公論新社 1800円+税
 こちらは小説。
「絵の中に迷い込んだ男の不可思議なる冒険奇譚」 クマキが自分で紹介すれば何の問題もないのに、私がする。無理がある。デシャバリなのに役立たず。
 クマキが「キーワードは50歳です」と教えてくれる。自分で書け!
 先生と呼ばれる「鳥肌の立つ男」、大学で芸術論を教える。「むずかゆい鼻」で悩む。
 助手アノウエ(イノウエ)君、先生に目薬を勧める。鼻に目薬、それも5年目の、効いた・治った、浅はか、好意は無駄にせぬ……訳のわからぬ掛け合い。
 上野の美術館にダ・ヴィンチ「受胎告知」が来ている。アノウエ君は観ないとかなんとか、また掛け合いの末、先生観に行く。目が皿のようになり、鳥肌が立ち、目が泳ぎ……、絵の中に引き込まれてしまう。……
「50歳はどこに?」
 いつもながら、クラフトエヴィング商會の本はおしゃれで美しい。流行りのお子ちゃまコミック系表紙と一緒に並べたくない。








【芸能】アカヘル
■ ピーター・ボグダノヴィッチ 高橋千尋
『インタビュー ジョン・フォード』 文遊社
 2800円+税
 1978年九藝出版刊。
 ボグダノヴィッチは1939年生まれ。50年代は俳優、69年代映画批評、68年監督デビュー、「殺人者はライフルを持っている」。「ラスト・ショー」(71)、「ペーパー・ムーン」(73)など。
 本書は批評家時代にしたインタビュー。ジョン・フォード71歳、ボグダノヴィッチ26歳。
(帯)「私は敗けいくさのほうが好きだ。ハッピー・エンドというのが大きらいだからな」目次 
1 私はジョン・フォード、西部劇を作る男だ
2 詩人、そしてコメディアン
3 仕事としての作品
4 フォード全作品フィルモグラフィ

1の言葉。
50年代映画界にもマッカーシー赤狩り旋風。D監督が国家忠誠の署名を強制しようとする。ディレクターズ・ギルド会長マンキーウイッツが反対を表明すると、中傷・攻撃。ギルド総会は紛糾する。フォードは最長老、大きな影響力を持つ。D監督が長々と演説。フォードが発言。
「私の名は、ジョン・フォード。西部劇を作る男だ」 監督としてのDを称讃した。しかし、彼を冷たく睨んで、
「しかし、私はあんたが嫌いだよ。C・D。そして、あんたが今夜ここで長たらしい演説をぶったことも好かん」
マンキーウイッツに信任の1票を入れることを提案する」
 〈はよ帰って寝よ〉と。
(平野)