週刊 奥の院 11.11

◇ 今週のもっと奥まで〜
■ 乾くるみ 『イニシエーション・ラブ』 文春文庫 571円+税 
 新刊だと思って手に取ってしまった。新刊は『嫉妬事件』(同文庫)だった。低度のアホです。本書、50万部以上売れているそうですから、ご存知の方が多いでしょう。甘く苦い青春恋愛小説が、最後に「えっ!」となる。
 引用部はもちろん甘〜い場面。
 合コンで知り合って恋に落ちた僕(愛称たっくん)とマユ。二人だけで会うようになってもグループ交際は続いている。他の男に嫉妬。マユから電話。

「ごめんね。たっくん、今日はちょっと不機嫌だったでしょう?」 
「そんなことないけど……でも疲れたよ。マユちゃんのほうをなるべく見ないようにしたり、今日は一日中ずーっと気を遣ってたからね」
(マユも他の女の子に嫉妬していた)

「マユちゃん」
「え?」
「――僕はあなたのことが好きです。……愛しています」
「ありがとう、たっくん。……私もたっくんのこと好きです」
「会いたい」
「……来て……部屋に来て」
「行く。すぐ行くから」
……
「ねえ。せっかくこうして直に顔を合わせたんだから、さっきの続きを……目を見て言って」
「――マユちゃんのことが好きです」
「私も……たっくんのことが好き」
 それから先は、考えるよりも身体のほうが自然と動いていた。目の前に彼女の顔が迫る。彼女の鼻息を顎のあたりに感じた。彼女が目を閉じ、僕も目を閉じた。……

 
 こっから先は紙版で。
 毎回書写していて思うが、おっさん、アホやな〜!

■ 『ほんまに』第14号
○ 街を写す 森絵都『この女』(筑摩書房) 和尊
“神戸とミステリー”とともに「ほんまに」のテーマ“神戸と本”を支えてくれた連載。
 本作は震災事態をテーマにしたものではありませんが、小説の先、登場人物たちのごく近い将来に震災が大きく立ちはだかっていることを、読者は知っています。それがとても切ない。けれど、この登場人物たちにはなんとか生き延びてほしい、こんな震災ごとき「何くそ!」と乗り越えてほしい……そう、読み進むほどに願わずにはいられなくなるのです。
○ 湊東古書四時雑記 「へちま倶楽部と貫一」 竹十主人 
樽職人にして古本者。
 今宵も客船が海の彼方に向かう港町神戸は、そのコスモポリタンな風土から古今を通じて不思議な人物を生み、育んで来た。今回は元町通の南側、栄町3丁目にあった西村旅館主人、西村貫一を紹介しておきたい。
 西村旅館は創業明治2年、メリケン波止場のすぐ前、税関手続や船の手配もしていた高級ホテルだった。貫一は明治25年生まれ。創業者の孫だろうか。若き日、欧米を漫遊し、帰国後同人誌を出したり、原稿を森鷗外に送ったり。ゴルフに熱中し、「日本ゴルフ史」を刊行。昭和20年の空襲で旅館は焼失、書斎だけが残った。これをクラブハウスにして「へちま倶楽部」と称した。文化人のサロンとなる。雑誌「金曜」を刊行。小磯良平竹中郁宮武外骨宮本常一大佛次郎らが執筆した。跡地に今も「へちまパーキング」の名が残る。
 連載が中断するのは、とても惜しい。何とか続ける手立てを。
(平野)