週刊 奥の院 11.4

◇ 今週のもっと奥まで〜

■ 江國香織 『思いわずらうことなく愉しく生きよ』 光文社文庫 648円+税
 ちょうどNHKで本書原作のドラマが始まった。犬山家三姉妹それぞれの男性・恋愛・家庭観とそれらの問題。書名は同家の「家訓」。引用で登場するのは、次女治子――外資系企業キャリア、恋人と同棲しながら、昔のボーフレンドともお付き合い――と、三女育子――「姉たちに較べて、あるいは同い年の女友達に較べて、肉体関係を持った男性の数が随分多いと自分でも思う」。ちなみに長女麻子は夫のDVに悩む。

 

 育ちゃんってば、変わってるんだもの、あれじゃボーフレンドなんかできっこないと思うわ、と、熱い湯で割った焼酎を啜りながら治子が熊木に言っているころ、当の育子はボーフレンドとベッドの中にいた。
 子猫が毛糸玉にじゃれている図柄の、クリーム色のネルのパジャマを着たままの育子は、毛布と羽根布団とに行儀よくくるまって、出会ってまだ日の浅いボーフレンドの顔かたちを、検分しているのだった。
  肌がきれいだな。
 そう思った。指先でそっと触れてみる。やわらかい。男は唇を半びらきにして寝息をたてている。 
 このひと、ヒゲをそる必要があるのかしら。
 午前一時という時間を考えると、男の肌は、たしかにふしぎなほど滑らかだった。育子は頬ずりをしてみる。頬の感触は頬でたしかめるのがいちばんだからだ。
 子供の肌みたい。
 そして、そう結論づけた。
 唇がややぽってりしているが、鼻すじはとおっている。髪と眉は豊かだ。額の狭いところがかわいい、と、育子は思った。
……
 毛布の下で男の手首を探しあて、ひっぱりだして腕も検分する。私とどっこいの筋肉だと、育子は思った。なま白い腕。爪はきれいに切り揃えられていて形がよく、清潔そうに見えた。
 男は裸同然の恰好で寝ている。二十六だと言っていた。育子は先週二十九になった。
 男の身体にぴったりくっついて添い、男の腕を自分に巻きつけてみる。首と肩のあたりに。育子は目をとじて、小さく息をすった。子供のころ持っていた、キツネの顔つき襟巻を思いだした。男の腕は、ちょうどそんなふうだった。

(平野)
石井光太さん トーク&サイン会
『遺体 ―震災、津波の果てに―』(新潮社)刊行記念 津波の跡を歩いて  聞き手 松本創 
● と き  11月5日(土) 14:00〜16:00(開場13:30) 
● ところ  海文堂書店 2F・ギャラリースペース
● 主催:新潮社  協力:140B
● 入場無料
■ 要「整理券」。先着50名様に整理券をお渡しいたします。
 海文堂書店店頭で、またはTEL・FAX・メールにて海文堂書店までお申し込みください。もうすぐ満員になりそうです。お早めに。
  (お申し込みの際には、お名前・電話番号・参加人数をお知らせください)

詳細は【海】HPをご覧ください。
http://www.kaibundo.co.jp/index.html