週刊 奥の院 8.27

■ 『チェスの話  ツヴァイク短篇選』 みすず書房 大人の本棚 2800円+税
 池内紀解説 
 ステファン・ツヴァイク(1881−1942)、ウィーン生まれのユダヤ人。ウィーン大学で哲学を学び、第一次世界大戦ロマン・ロランとともに反戦・平和活動。ヒトラーオーストリアを併合した38年、ロンドンに亡命。アメリカ、ブラジルと移動し、42年自死。『マリー・アントワネット』など人物評伝で有名。
 収録作品。
『目に見えないコレクション』  第一次大戦後、ドイツインフレーションの時代。美術商がかつての上客・老コレクターを訪ねる。彼は視力をなくしていた。コレクションは生活に困った家族によって、一つ、二つと売られ散逸している。何も知らない老人は自慢の逸品を見せたい。コレクションを手に取り滔々と説明をする老人。複製画を指でなぞりながら一瞬表情が変わり声が乱れる。それでも老人は説明を続ける。

『書痴メンデル』  同じ頃のウィーン、書籍仲買人(客の要望の本を探す)メンデル。カフェを拠点にする。カフェにも客が大勢来るので特別扱い。髭は伸び放題、黒服、猫背の小男は「記憶の巨人」。ひたいのうしろには、本の扉に印刷されたことのあるすべての人名と書名が打ちぬかれ、きのう出た本も200年前の本でも、発行所から著者・値段・装幀まで正確に記憶していた。しかし、彼は本以外のことは何も知らない。戦争のことも、まわりの人が戦死したり捕虜になったこと、食糧事情も。そんな彼を秘密警察が連行する。敵国に向けて堂々と手紙を何度も出す(本の注文や苦情)ことから、スパイ容疑。訊問で、ロシアからの密入国者であることが判明、強制収容所送り。本の世界から遠くへだてられて2年、ウィーンに戻った時は精神がこわれていた。

『不安』  「イレーネ夫人は、恋人の住いの階段を降りるとき、急にまたあの意味のない不安にとらえられた。……」

『チェスの話』  ツヴァイクがロンドンからアメリカに移った41年発表。ユーゴ生まれのチェスのチャンピオン・ミルコが、アメリカでの試合を終えて船で南米に向かう。彼、チェス以外は無関心、文字も計算も覚束ない。乗客が彼をゲームに引き込む。客は手もなくひねられるが、賭け金を上げてさらに挑戦、惨敗。3ゲーム目、アドバイスするBによって「無勝負」。Bはナチスによって収容所に送られた弁護士。拷問吏の外套から本を盗んだ。4ヵ月ぶりの本はチェスの解説本だった。熱中し偏執狂的憑依状態になり、そのため釈放されたという経歴。異常な二人がゲームをすることに……。

 池内さんが、ツヴァイクファンだった故児玉清氏のことを。
新しいツヴァイク選集(本書のことか)を考えていて、「児玉さんに一役買ってもらうつもりでいたのだが、なぜかテレくさい気がして、とうとう話せないまま……」
 底本は同社の『ツヴァイク全集』。ネタはいっぱいある。
このところ《大人の本棚》シリーズ、好調。品切れ本重版。この機会にお求めください。
『素白先生の散歩』池内紀解説
小沼丹 小さな手袋/珈琲挽き』庄野潤三
野呂邦暢『愛についてのデッサン』佐藤正午解説
マーリオ・リゴーニ・ステルン『雷鳥の森』志村啓子
(平野)