週刊 奥の院 7.1

■ 稲垣尚友 文  大島洋 写真
『灘渡る古層の響き  平島放送速記録を読む』 みずのわ出版 4800円+税 A5版上製本353頁 装幀 林哲夫

 トカラとか平島(たいらじま)とか位置わかる? 行政上は、鹿児島県鹿児島郡十島(としま)村。トカラは俗称だそう。
 本書は、かつて稲垣さんが記録した『平島放送速記録』(ガリ版刷り)を改めて読み、解説するもの。
 稲垣さんは、1944年東京生まれ。20代初めから30代半ばまでトカラ諸島の平島に住んだ。現在は千葉県で竹細工を生業にする。
 なぜ島で暮らすようになったのか?

……友人に誘われるままに、たまたま島に渡ったにすぎない。上陸して驚いた。自分の周辺からは、はるかな昔に一掃されてしまったであろう暮らしが、目の前にあったからである。物質生活の遅れにではなくて、精神の輝きにである。この日常を自らの体に刻み、血肉化できたならば愉快であろうな、と短絡させた。……

 日本の歴史と重なるようにして、祖父と父は急ぎ足で歩んだエリートだった。自分も同じような環境にいた。外交官を目指した。
「ふわふわと高飛びをしている不安につきまとわれ、何かが欠落している……」
 二十歳を過ぎて「その欠落を充填する本能をむき出しにして」見つけたのが島の「古層の暮らし」だった。
 本書で取り上げる「放送」は島の伝達放送。それも74年6月末から10月初めまでの3ヵ月あまりのもの。
目次
序  放送考古学
1  人のヤギの耳を切らないでください
2  忙しいために、何かとできないのです
3  みどり先生、電話です。寝ておっても、早く起きて……
4  私は毎晩泣いている
5  台風さなかの七夕選挙
6  電球というのができないのです
7  声が“うつる”
8  恩義が“暴力”をはぐくむ
9  水源地としても、あるだけは出しておるわけなんです
10 種牛の草がむずかしくなっています
11 盆
12 フレモン(触れ者)を呼ぶ遠島人
結 〈古層〉が〈いま〉を顕し出しえたろうか
ガジュマルの下の青春  森本孝
付録CD 昭和49年(1974)6月27日―10月4日 トカラ諸島平島放送記録(録音時間73分34秒)

 写真は宣伝パンフレットから。
 1「ヤギの耳を切る」というのは所有者の印を入れること。この場合は他人の持ち物を自分の物にする。切り方で識別される(図あり)。ヤギの生態や作物被害、島民同士のトラブルの話も。
 3学校の養護の先生、鹿児島から赴任。先生の家庭のこと、役場までの地図、道のりの地形や環境、それに電話のこと。
 4は一体何? ベッドの上で? 6・7・8も気になる。12は? 
 写真の大島さんは44年岩手県生まれ。60年代後半から70年代、岩手とトカラ往来。80年代、『写真装置』創刊、東欧と西欧往来。90年代からアフリカ。2000年代半ばから神奈川と福岡往来。写真集・写真展多数。
(平野)