週刊 奥の院 5.30

■ 池内紀『作家のへその緒』 新潮社 1700円+税
 12人の作家・詩人の原点=へその緒を解明する。深海魚がその環境によって独特の魚身になったように、作家たちに、はたして何が生じ、何が激しい水圧となったのか、物語や詩歌の誕生を促したものは、何だったのかを探る。
 織田作之助――夜店めぐり
 稲垣足穂―――ヒコーキとパノラマ
 谷崎潤一郎――乳首憧憬
 与謝野晶子――髪・髪・髪
 宮沢賢治―――お経の力
 佐藤春夫―――水辺の風景
 石川淳――――遊民ぐらし
 三好達治―――軍人精神
 高村光太郎――首の像
 中野重治―――村の文体
 山本周五郎――路地に迷う
 開高健――――飢えに憑かれて

 織田作はエッセイ「木の都」(1944年)に幼時の記憶を書いている。路地を歩いて辿っていく。「下駄屋の隣に薬屋があった。薬屋の隣に風呂屋があった……(以下、床屋、仏壇屋、桶屋、標札屋)本屋はもうなかったのである」。2年後、小説「アド・バルーン」でも同じ界隈をさらに何倍も詳しく書き、道頓堀、千日前、心斎橋、御堂筋へと連なる夜店も。
「あのアセチリン瓦斯の匂いと青い灯。プロマイド屋の飾窓に反射する六十燭光の眩い灯。易者の屋台の上にちょぽんと置かれている提灯の灯。それから橋のたもとの暗がりにでている蛍売りの蛍火の瞬き」
 通天閣に灯がともり、広告のネオンやイルミネーションが点滅する。大都会に人びとが流入して、縁のない人が入れかわり通り過ぎる。大衆社会の出現。ネオンやアド・バルーンは彼らに訴求するための大規模広告だった。夜店にはその大衆が好んでやってくる。織田作は幼少時から「大衆」をじっくりと見て、鮮やかに小説に描いた。
(平野)谷崎は母の「おっぱい」が「へその緒」。