週刊 奥の院

『別れの手続き 山田稔散文選』 みすず書房 大人の本棚 2600円+税

 堀江敏幸解説。
 山田稔、1930年門司出身、作家。元京都大学仏文の先生。私の勝手なイメージです。“糞尿譚の大家”。本書もいきなり「ヴォア・アナール」です。
 

 今日で何日目だろう。空しく便所からもどりベッドに横たわりながら、わたしは心のうちでかぞえはじめた。
 一日、二日のうちはまだよかった。指折りかぞえて、事態が予想以上に深刻化しているらしいことに気づいて、突然わたしはパニックにおそわれたのだ。このまま放置しておくわけにはいかない。

 フランス滞在中の「お通じ」の話。日本人たちに事情を打ち明ける。
「パンがいかん、消化がよすぎる。肉もいかん。ご飯にしたらよくなった」
「トイレの構造がいかん。腰掛式はどうも力がはいらん。日本人は、メシを腹一杯食って、しゃがんで垂れなきゃ……」(皆、大学の先生たち)
 忠告を聞き「台の上に鶏のようにのぼって……」。
 ガスしか出ない。で、先生たち、今度はフランス人の「ガス」を話題にする。
 公衆トイレのチップ、これも「お通じ」のない原因か? と、“幻想的マゾ趣味”に耽ってもおられず、薬局に。女性薬剤師相手に「アナール」談義。
 解説者も「アナル学派の立ち位置」と、フランスの歴史学派をもじっている。
 
 表題作は、亡くなった友人作家に捧げられたもの。作家はかつて妹をモデルにして小説を発表した。妹が書いた追悼文――末期で酒も飲めなくなった作家が妹に飲むようすすめる、「人が呑むのを見るのが好きだ」と。妹は静かに飲んだ――に感動して、山田は彼女に会いに行く。
 

 「別れの手続き」とは、……本人が飲みたくなくなった酒を愛する者が代わりに飲み、飲む方もながめる方も、別れる方も別れられる方も、ともにしずかな喜び、安らぎのようなものを覚える、そんな情景のうちにおこなわれるものであってほしい……。

 人生の悲しみ・苦味。

5.13(金9) 郄田郁さんサインのためご来店。 『出世花』 ハルキ文庫(角川春樹事務所)600円+税 
郄田さんのデビュー作、新装版です。郄田さんは続編を書く。でも、だいぶ先のよう。あやふやな情報で申し訳ない。ファンはじっくり待つ。まず、「みをつくし料理帖」に集中していただこう。
◇ 「女子の古本屋」イベント
http://honeybooks.exblog.jp/12574555/ こんなポスターができているらしい。どこにあるのか? 海文堂にはない。予約続々と入っています。
◇本日の「朝日新聞」書評欄に「クラフト・エヴィング商會」のおふたり登場。写真を見てあらためて御礼。
(平野)