週刊 奥の院

 
車谷長吉 『人生の四苦八苦』 新書館 1600円+税]
 紹介がちょっと遅くなった。
 エッセイ集、絵もご本人。
 贋世捨人の三畳間  文学を生きる  人生の四苦八苦  強迫性障碍を生きる  文学という救い  迷いの海を泳ぎぬけ  恐怖の旅  車谷長吉氏への質問函
 

 私は四十八歳の秋、四十九歳の女と結婚した。ともに初婚で、駒込千駄木町の貸家を借りた。嫁はんはまず一番に自分の部屋を決め、そこに陣取った。出入り禁止である。すごい女だなァ、と思うた。併し私には自分の部屋などなかった。二階の陽の差さない部屋が寝室だったが、その部屋の隅に文机をおいて、そこで文章を書いていた。

 直木賞受賞して、お嫁さんはお喜びで、勝手に古家を買う。今度は二階の三畳間をあてがわれる。嫁さんは一階の十二畳間にいる……。鬼嫁か?
 昨年刊行の『全集』(全3巻・新書館)が好調で、死後第四巻が出ることになっている。

村上龍 『心はあなたのもとに』 文藝春秋 1619円+税 投資組合経営者・西崎(50代・妻子あり)と高級風俗嬢・香奈子(30代前半・離婚歴あり)の切ない恋。彼女は若年性糖尿病に冒されている。西崎は彼女を援助し、管理栄養士の道を拓くが、病は深刻。彼女のメールはいつも「心はあなたのもとに」と。
 そやけど、この男、相変わらず風俗嬢と遊んどるし、有名アナウンサーとも付き合っとる。怒!

豊田健次編 『白桃 野呂邦暢短篇選』 みすず書房 大人の本棚 2800円+税
 野呂は1980年5月7日、42歳で死去。
 本シリーズ、いつもながらのシンプルできれいな装幀。選と解説は担当編集者、元「文學界」編集長。
 「白桃」「歩哨」「十一月」「水晶」「藁と火」(単行本未収録)「鳥たちの河口」「花火」

柄谷行人 中上健次 全対話』 講談社文芸文庫 1300円+税

 ふたりの出会いは1968年、「三田文学」編集室。当時の編集長・遠藤周作が「群像文学新人賞」落選のふたりを呼び出した。
(中上)「三田文学」の編集室に遠藤周作がいてさ、オレはほら、やっぱり大先輩だって感じがあるじゃない。へェーッて、こう笑いながらでも、やっぱり会えてよかったなってところがあるわけだよね。読んでたから。(略)
 その時、あんたはね、そばに煎餅があってさ、それに大胆にも手をのばしてさ、その恨みを忘れないね。一所懸命、ポリポリ齧ってんだよね。こんなに食べるなんて生意気だなあ。オレがこんだけ……、いや、ヘラヘラ笑ってるのはさ、やっぱり、こっちのなんか弱みをカバーするために笑っているわけですよ。
 この男、オレがこんなに困っているのに、勝手に取りやがってポリポリやって、俺も食いたいなあって感じあったのよ。その男が、柄谷行人なのよ。あの生意気さってのは、忘れないね。
(柄谷)人のことばっかり言ってるけどね、君がまた生意気な男でさ。ぼくは、君の外見では年齢がわかんなかったですからね。なんか偉そうに言っててさ、なんだろ、このフンドシかつぎみたいなやつは、と思った。ぼくに、「君は何やってるの」なんて言うんだからね。
「文学の現在を問う」(1978年)
 どっちもどっちの“生意気”野郎だったということ。
(平野)
■「荒蝦夷」記事 神戸新聞の名物コラム「正平調」4.21より。
http://www.kobe-np.co.jp/seihei/0003984065.shtml