週刊 奥の院 第91号+1の3


鹿島茂 『パリが愛した娼婦』 角川学芸出版 2800円+税
 

十九世紀のパリ、それはデパートの誕生に見られるように、消費資本主義が発展を開始し、モノが社会に溢れるようになった時代と定義することができる。とりわけ、女性はこのモノの氾濫に晒され、物欲を肥大させていったのだ。
 だが、その一方で、女性がそうしたモノを手に入れようと思ったら、亭主の財布に頼るしか道がなかった。「独身で、職業があり、しかもモノを思いどおりに購入できるだけの資力のある女性」という存在は社会に存在していなかったからである。

 マダムたちの物欲と現実のギャップ……。
「かくして、セレブ・マダムの隠れ売春というテーマが浮上してくるのである」
 民衆階級はどうか? 低賃金労働で結婚のためにお金を貯めるのが普通だったが、彼女たちもモノの氾濫に晒されるのは同じ。
 

社会にモノが溢れ、商品の歌がいたるところで奏でられているのに、女性にはそれを手に入れるだけの金がない、さらにいうなら、そうした金を稼ぐことのできる職業というものがないというのが十九世紀フランス社会の実態だったのだ。

 女性たちが物欲を充たすには「娼婦になるしか」道はなかった。著者は、さらに「主婦ではない女性は娼婦だった」と極言する。
本書は、「十九世紀フランスの娼婦を巡るエッセイ」であり、「社会と売春の関係の研究」、また、「売春というシステムにおける資本主義構造の摘出」。
 モノを買うためのお金、と言う単純な動機が入口だが、「いったんこの道に入ったら、金は非常に複雑な回路で循環しているため、入ってくる分も多いが出て行く分も多いということになり、そう簡単にはサイクルから脱出できない」。
(目次)
Ⅰ 娼婦の家計簿 高級娼婦への道 娼婦の「向上心」他
Ⅱ ヒモの存在 ヒモはなぜ必要か 愛の証明 女衒という存在他
Ⅲ 売春と資本主義 衣食足りて、変態を知る他
Ⅳ モーパッサンが描いたメゾン・クローズ 『メゾン・フィリベール』他
Ⅴ ブローニュの森の貴婦人たち パリ売春地図 娼婦たちの営業活動他



 鹿島さん、文藝春秋から『渋沢栄一 Ⅰ算盤篇』 『Ⅱ論語篇』
(各2000円+税)も出版。
 なにゆえ経済人を取り上げるのか? こちらも近代資本主義に着目。
 渋沢は、かのドラッカーが「偉大な人物」と絶賛した人。渋沢は幼少から「論語と算盤」を学び、さらにフランス経済思想を取り入れ、日本近代資本主義の基礎を築いた。社会事業、国際交流でも貢献した。高い倫理観は「道徳経済合一主義」といわれる。
 渋沢は一橋慶喜の命によって、徳川昭武とともにパリ万博(1867)に参加している。この時、元銀行家のフリュリ・エラールに経済活動、資金運用、金融、会計を学んだ。当時フランスはサン・シモン主義(産業者による、産業者のための社会建設。産業社会建設と社会主義理論の出発点。)による近代化の最中。
(平野)