週刊 奥の院 第81号+1の4

アニー・トレメル・ウィルコックス 『古書修復の愉しみ』 白水社 2800円+税 著者は、アイオワ大学で英文学を修め、94年博士号。同大学中央図書館保存修復部のウイリアム・アンソニー(1926−89、製本家・書籍修復家)に女性として初めて弟子と認められる。
 本書は、彼女の体験を通して、書物修復と言う仕事、職人の世界・精神を紹介する。同時に彼女の成長と師弟の物語だ。
 原題は、“A Degree of Mastery: A Journey through Book Arts Apprenticeship”
「ささやかな熟練/熟練の課程――書物工芸の修業の旅」
 ヨーロッパには伝統の手仕事としての本づくり=製本があり、フランス語でルリュール、英語でブックバインディング、クラフトバインディングなどと言われる。古い書物の保存修復もその一分野だ。伝統工芸といえる。代々受け継がれてきた技術の習得と熟練には多年の修業が必要で、まさに職人の世界。
 アニーは大学の活版印刷所で働き、印刷術を学んでいた。83年、初めて師・ウィリアムに会う。彼はシカゴの工房から修復作業の説明に来た。本をばらして、洗う、乾かす、製本……、ボロボロの稀覯書が蘇る。上司が大学に交渉して、彼を招聘する。85年図書館の保存修復部と製本の講座を持ってもらう。アニーは彼の講座を熱心に受講し、87年彼に乞われて修復家見習い=弟子になる。
 訳者・市川恵理さんのあとがきから。

 本が機械で大量生産されては捨てられていく時代の中で、貴重な古書を手で丹念に修復するという営みは、どのような意味をもつのだろうか。それは決して単なる時代錯誤やノスタルジアではない。現存する価値ある書物という知的財産を、数十年、いや数百年にわたって保存し、次代へ伝えることの意味は、はかりしれないほど思い。

(平野)