週刊 奥の院

大逆事件と文学

週刊 奥の院 第71号 2010.9.3
小学生でもないのに、夏が終わるのが寂しい。でも、残暑はまだまだ続くそうですから、くれぐれもお身体に気をつけてくださいませ。海文堂、フェア入れ替えました。蔵書放出はC子さん、初の女性登場です。そして、「第8回海文堂の古本市」が9.10(金)より始まります。お楽しみに。
池田浩士編・解説
『逆徒「大逆事件」の文学』 インパクト出版会 2800円+税
大逆事件」当事者他、同時代の作家たちの「事件」に関連する文学表現のうち、本質に迫るうえで重要な作品を選ぶ。

目次
1 殷鑑遠からず
入獄紀念・無政府共産・革命  内山愚童 
暴力革命について 幸徳秋水 
死出の道艸  管野須賀子 

2 失意か抵抗か
希望 永井荷風 
沈黙の塔 森鴎外 
日本無政府主義陰謀事件経過及付帯現象 石川啄木 
明治四十四年当用日記、書簡より 石川啄木 

3 言葉が強権と対峙する
危険人物 正宗白鳥 
謀叛論 徳富蘆花 
死刑廃すべし 徳富蘆花 
自筆本 魯庵随筆 より 内田魯庵 
愚者の死 小曲二章 街上夜曲 小曲四章より 蛇の子の歌 清水正次郎を悼 む長歌並短歌 佐藤春夫 
誠之助の死 雨  与謝野寛 

4 反撃への足場
「蜩甲集」より 大塚甲山 
歌 阿部肖三(水上瀧太郎) 
逆徒 平出修 
発売禁止に就て 平出修 
平出弁護士への獄中書簡 管野須賀子・幸徳秋水 
     
解説 「大逆事件」の文学表現を読む 池田浩士

 1908年6月22日、神田錦町の「錦輝館」で詩人・山口孤剣の出獄歓迎会が開かれた。山口は前年3月『平民新聞』で、社会運動に身を投じるためには親をも捨てよと書き、「新聞紙条例」違反他で1年2ヵ月の禁錮刑を受けていた。集会終了後、参加者たちは赤旗を掲げて街頭行進し警察隊と衝突。大杉、荒畑、堺、山川ら14名が逮捕され、うち12名が有罪となった。
「『赤旗事件』は、日露戦争に勝利した大日本帝国が本格的な海外進出に乗り出そうとする矢先の『内憂』だった」(池田、以下同じ)
 事件3日後、内務大臣原敬天皇社会主義者取締りの現状を「上奏」、西園寺内閣は総辞職した。翌年5月「新聞紙法」によって、社会主義無政府主義は言論・活動の自由を奪われる。
 ひとりの禅僧が反撃に出る。箱根林泉寺の住職内山愚童は全国の「主義者」に自ら植字・印刷した小冊子を発送する。小作米不納、税不払い、懲役拒否などを呼びかける。
「貧農の視線で天皇制国家の仕組みを説いて、物理的な『暴力』以上に国家権力を震撼させる『言葉の力』だった」
「かれが『大逆事件』に連座させられた真の理由は、この『力』を行使したからであり、『赤旗事件』と『大逆事件』が『殷鑑遠からざる』関係にある(管野)ことを、そして無政府主義とは暴力主義ではない(幸徳)ことを、かれの実践が示していたからにほかならない」

■竹村民郎
『大正文化帝国のユートピア 増補 世界史の転換期と大衆消費社会の形成』 三元社 2800円+税
 著者は1929年大阪生まれ、国際日本文化研究センター共同研究員。
「日本人はデモクラシーを日本復興のシンボルに掲げて、過労死や単身赴任やサービス残業などが象徴するように猛烈に働きながら、それでも着実にレジャーの時間をふやしてきた。私たちはあわただしいビジネスと、これまたあわただしいレジャーのせめぎ合いのなかで、マスメディアを媒介とした大衆文化を定着させてきた」
 世界で、日本のアニメ、マンガ、ゲーム、さらに料理、インテリア、音楽等の大衆文化が「クール」とされ、受け入れられる。今後も伸びていくだろうが、著者はその「水準」に疑問をもつ。洗練された独創的文化をつくりだす可能性をもっているとしても、量的発展にのみ目を奪われることは正しいといえない。また、大衆文化はだれでも参加できる開かれた文化という点でリベラルな側面をもつ。「現代のデモクラシーと大衆文化はおなじコインの表裏」。
 デモクラシーと文化の虚構性について、ペルーの作家パルガスリョサのことばを引く。「文学は娯楽であると同時に、知的な挑戦。テレビや映画など観客は受け身だ。迎合することに慣れた人たちの世の中では、自由が生き残れるだろうか」
 現代日本もそうなり始めているのではないか。著者は、デモクラシーと大衆文化を正しく再評価するために、「大正デモクラシーと大正文化」を考え直してみる。
目次 1 ある大正人の一日 2 巨大都市東京の誕生 3 成金の輩出 4 大量消費型の社会 5 大正文化の成立 6 時代としての大正 7 時代区分としての大正 補論 文化環境としての郊外の成立 補論2 公衆衛生と「花苑都市」の形成
 「大正デモクラシー」とよばれる運動はあった。しかし、軍国主義の台頭や治安維持法など政治的に「デモクラシー」と言えない。
 文化はどうか。経済は成長し、雇用はふえた。「今日は帝劇、明日は三越」という消費社会が出現し、知的生活も白樺派、赤い鳥、岩波文化、講談社文化……と華やかだ。が、働く人の条件は劣悪だった。公私のサービスも貧弱。レジャー、衣食住、健康・衛生など細部を見てみる。

■一ノ瀬俊也
『故郷はなぜ兵士を殺したか』 角川選書 1800円+税
 1971年福岡県生まれ、埼玉大学教養学部准教授、日本近現代史専攻。著書、『皇軍兵士の日常生活』(講談社現代新書)、『戦場に舞ったビラ』(講談社メチエ)、『近代日本の徴兵制と社会』(吉川弘文館)など。
目次 第1章 戦死者を忘れ、また思い出す〈郷土〉――日露戦後〜昭和初期 第2章 兵士の死を意義付けする〈郷土〉――昭和の戦争1 第3章 兵士に死を強いる〈郷土〉――昭和の戦争2 第4章 戦死者は「平和の礎」なのかと自問する〈郷土〉――戦後
 
戦死者の追悼の問題。兵士は何のために死んだのか、その「意義付け=〜のために身を挺して死んだ、だからその死は決して無駄ではない」を行う主体として、日本の〈郷土〉に注目する。
「死んだ兵士の意義付けと生きた兵士の意義付けは同時並行で、同じ〈郷土〉という主体によって行われた。その過程で、生きた兵士には死んだ兵士に“倣う”ことが要求されていった」
その中心となったのは「国でも近隣の親しい人びとでもなく〈郷土〉の人びとであった」。
いかなる手段で兵士の死、苦難の意味づけを行ったのか。都道府県、市町村の慰霊碑、記念誌など各時代の史料によって、彼らがどう語られ、記録化されているかを見、戦争そのものがいかに語られているかを解明する。
 戦中のものは予想できる。戦後50年を記念して刊行されたある町の文集を見る。遺族である母親は、「恨み」は消え、遺族年金の「感謝」を述べる。従軍体験者は、戦友の死や侵略と呼ばれる過去から、繁栄を夢見て未来に生きていくと語る。別の人は、もし戦争に勝っていたら日本は貧乏が続いた、幸せな生活を国民は感謝すべきと。
 戦死者のことは書かない。「感謝」にとどめておく。ここに「追悼」「慰霊」の気持ちは生まれるのだろうか?

◇今週のもっと奥まで〜
草凪優 『夜の私は昼の私をいつも裏切る』 新潮文庫 552円+税
 また新潮文庫がスッ○ベーな本出しよった。ここは時々スッケ○―な本出しよる。
 著者は「この官能文庫がすごい!」大賞受賞者。本書は『特選小説』(綜合図書)連載を文庫に。
 尾形弘樹はWEBデザイン会社の課長、41歳、既婚。二宮麻里子、居酒屋チェーン社長夫人、後妻、31歳。尾形の制作する宣伝用WEBサイトにご不満、あれこれとご指示がある。小柄ながらファッションモデルのような容貌で、セクシー。尾形はモテるタイプではなく、浮気の経験もなし。そんな彼を麻里子が誘う。一夜かぎりのつもりがどんどんと……。夫の知るところとなり、復讐が始まる。あとは紙で。ほんまに○ッヶベーです。
(平野)