週刊 奥の院

手塚治虫

週刊奥の院 第65号 2010.7.23
■本浜秀彦
手塚治虫のオキナワ』 春秋社 2300円+税
 著者1962年那覇生まれ、元琉球新報記者。沖縄キリスト教学院大学准教授、比較文学、メディア表象論。
 小学生時代から手塚にファンレターを書いたり、虫プロの通信販売を利用していた。小6の時手塚から届いたハガキは「海洋博のときサイン会をする」案内だった。
 75.7〜76.1「沖縄海洋博覧会」が開かれた。「海」をテーマに参加各国・企業が、海洋開発の技術、海の文化を展示し、ヨットレースも行われた。72年の沖縄本土復帰を記念しての大イベントだったが、入場者数は目標に遠く及ばなかった。沖縄の経済的効果もなく、乱開発や閉会後の不況もあった。
 手塚は日本政府のメイン施設「海上未来都市アクアポリス」の展示プロデューサーを勤めた。建造物には123億円かけられたが、手塚担当の映像演出には1億円のみだった。
 博覧会自体は成功といえないが、手塚と沖縄には縁ができた。仕事・旅行での訪問に、沖縄を舞台にした作品が生まれた。米軍基地とベトナム戦争、海とともに暮らす姉弟の話、「ブラックジャック」「ゴブリン公爵」でも沖縄を描いた。手塚は青年誌では政治性を出し、少年誌では環境問題をテーマにするなど、緻密な書き分けをしていることに注目。手塚の「医者的資質=職人的資質」と、商業市場で生き抜いてきた「したたかさとバランス感覚」を見て取る。
表現者として生きた手塚が、海洋博で沖縄と関わったのは、偶然である。しかし、その偶然の中から、手塚は何かを探った。そうして見つけたのが、自らのマンがの原点である『戦争』『戦後』とつながっている『沖縄』だった」
■伊東祐吏
『戦後論 日本人に戦争をした「当事者意識」はあるのか』 平凡社 2600円+税
1974年生まれ、名古屋大学大学院在学中、日本思想史。
 (目次) ・序論 ・第1章 「敗戦後論」とその批判 ・第2章 「敗戦後論」に見られる諸問題 ・第3章 戦争と「当事者意識」
 「碑文論争」というものがある。広島の原爆慰霊碑のことば「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから」についてだ。
 「平和を誓ったことば」という主張と、「碑文は卑屈」という主張。
 著者はこの論争に二つのおかしさを感じる。「碑文そのもの」のおかしさと、「論争」のおかしさ」。
前者は「犠牲者の慰霊碑に、原爆を落としたことを反省する文面を刻むおかしさ」。主語がないことで責任の所在があやふやという意見がある。主語を「全人類」としても、原爆を投下したのはアメリカであって、アメリカ以外にその行為を詫びることはできない。広島市民・日本人が原爆使用行為を詫びることはできない。
後者は、文面に賛成か反対かの表明だけで「どちらの立場も『碑文のおかしさ』を扱うことができていない」こと。賛成側は反対論に反論を展開しないし、反対側は、なぜ日本人がおかしな文を作ったのかという問題を掘り下げていない。
この現象を著者は「当事者意識」の欠如と表現する。「『碑文のおかしさ』に気づきながらも、それを自分たちの問題として扱うことができない」。このことは「ひいては、戦争についての戦後日本の『当事者意識』の欠如をあらわしている」と。
「敗戦後、民主主義を掲げて出直した新生日本が、戦前を『悪』とみなして切り離した」ために、「戦後日本は国民的規模で戦争についての『当事者意識』を失い、戦争をしたことをどこか無関係のことのように扱ってきた」。
 戦争と戦後について数多くの論考があるが、ほとんどが「戦前が切り離された」ことを論じていて、「自分たちが戦前を切り離した」ことについては論じていないと。そのなかで加藤典洋敗戦後論』(1974年)は「当事者意識」の欠如を問うていて、ここから著者の「戦後論」を始める。
 ■本山美彦
韓国併合と同祖神話の破綻 「雲」の下の修羅』 御茶の水書房 700円+税
 1943年神戸生まれ、京大名誉教授、大阪産業大学教授、世界経済論。
(はじめに)より。
 二〇一〇年は、日本による韓国併合一〇〇周年に当たる年である。日清、日露という二つの戦争を経て、韓国を日本の植民地として組み込んだ韓国併合こそは、その後、日中戦争、太平洋戦争に向かって、日本が破滅の道をまっしぐらに走って行くことになった原点である。日本人が当時持っていた「日本精神」とは一体何だったのかと自省しなければならない非常に大事な節目が二〇一〇年である。
 
 その節目にNHK司馬遼太郎の「坂の上の雲」をドラマ化して3年にわたって放映する。さも史実であるかのように。
 さて「同祖神話」とは。
 朝鮮人民の独立運動の主力はキリスト教徒たち。対抗して朝鮮総督府が、スサノヲと朝鮮の始祖壇君同一論を展開した。三.一独立運動(1919)では、教会を破壊し弾圧、4ヵ月後に「朝鮮神社」設立方針が発表された。祭神は天照大神明治天皇。1925年10月京城府南山に10万坪の朝鮮神社が創建される。祖先崇拝の名目で参拝を強制する。当然抵抗がある。キリスト教にさらに大弾圧が加えられる。日本の学者やキリスト者がこれを非難することはなかった。
「世界からの冷たい視線に耐える唯一の支えが、『神国日本』という幻想であった」
「日本人は、文化を伝えてくれた師たちを輩出してきた地、私たちの父祖の地の人々の心をついにつかめなかった。」
 今も同じことを繰り返しているのではないか?
■『わたしの終戦記念日』 新水社 1400円+税
 インタビュアーは瀬谷道子、1947年生まれ、新聞記者暦30年。「ウイメンズ・ステージ」編集長。
 前回紹介の『昭和二十年夏、女たちの戦争』は若い女性たちの「青春と戦争」だった。本書は「生活の場」が戦争だった彼女たちの知恵と工夫、柔軟でたくましく生き抜いた姿を紹介する。
 質問事項 ?終戦の日の年齢と場所 ?戦争体験、そのとき何が起こったのか ?戦争をくぐり抜け、それからをどう生きてきたのか ?若い人たちへのメッセージ、平和への思い
 赤木春恵、清川妙、東海林のり子中村メイコ、樋口恵子、堀文子他12名。
 石垣りんの詩「弔辞」の一部を引く。
 「戦争の記憶が過ぎるとき、戦争がまた 私たちに近づく そうでなければ良い」
 ほとんどの人が後戻りしつつある日本の危うさを口にしている。
◇よそさまのイベント
灰谷健次郎展 自筆原稿と写真でたどる足跡
7月16日〜10月17日 神戸文学館 入場無料 水曜日休館
8月31日までを前期、9月2日からを後期とし、展示資料を一部入れ替えます。
◇前回紹介したグレゴリ青山さん(『マダムGの館』)から素敵な「消しゴム版画入りサインカード」が届きました。お買い上げの方にプレゼントします。残りわずかです。至急ご来店ください。
芥川賞直木賞、予想はいかがでしたか? 当店では1名どんぴしゃでした。
◇今週のもっと奥まで〜
■長島槇子
『色町のはなし 両国妖恋草紙』 メディアファクトリー 1350円+税
2008年『遊郭のはなし』で第2回『幽』怪談文学賞受賞。本書も怪談&廓噺
 主人公は御家人の長子ながら妾腹、萬蔵改め萬女蔵(まめぞう)、家を出て大道芸やら香具師の真似事、ついでにあちこち岡場所の女性やサービスをレポート。今なら芸人+風俗ライター。ある日なじみの太鼓持ち兎吉に連れられ芸者の幽霊探し。料理茶屋でドンチャン騒ぎになるが……。あとは紙版で。
猛暑日が続きます。水分補給と日差し対策お忘れなく。冷たいもの呑み過ぎないよう。寝不足もいかん。健康第一で乗り切りましょう。
(平野)