週刊 奥の院

週刊 奥の院 第64号 2010.7.16
グレゴリ青山
『マダムGの館 月光浴篇』 小学館 905円+税
 あの「お笑い系」Gさんが「耽美派」に変身!? そんなことは無理! と思いながらページをめくると、「黒蜥蜴」「高畠華宵」「竹久夢二」「李香蘭」……。ディープな「美の世界」を描いておられる。
 巨匠・先達の絵を模写していても、その作風が一変(?)するわけがなく、あちこちギャグが飛び交う、いつものGワールドです。読者の皆さんはご安心ください。Gさんは遠くに行ったりしません。住まいは遠い田舎ですけど……。

山田風太郎記念館編 有本倶子監修・解説
山田風太郎 人間風眼帖 昭和21年―昭和49年』
神戸新聞総合出版センター 1200円+税
 養父市山田風太郎記念館」の保存資料から古い大学ノート(懐かしいことば)が見つかった。2006年(平成18)のこと。風太郎自身が日記から抜書きしたもので、表紙に「人間風眼帖」とある。独特の文字で、判読するのに1年以上かかった。その作業が終わった頃、新たに「太平洋戦争風眼帖」というノートが出現、これも1年以上かけて解読した。
 日記の一部が小学館から刊行されている(昭和21〜27)。比較してみると、記述が大きく違う部分や、文章を変えていたりして、手を加えている。日記では日々の記録とともに思索をめぐらしているのだが、ノートはさらに深めている。
2冊のノートは昭和21年から昭和49年の日記からの抜粋で、有本さんによると、「『戦争』と『人間』をテーマとした自らの考えの集大成を試みた」もの。


■山崎祐次
『還暦すぎて始めた骨董露天商という生き方』 宝島社 1300円+税
 著者は1942年大阪生まれ。早稲田大学中退後、岩波映画大島渚プロを経て大阪で映像制作会社経営。膝を負傷してから仕事が減り倒産、ノイローゼにもなった。05年に古物商に転進、京都や大阪の社寺の市に露天を出した。神戸元町にも店を構えたが、不況で本年露天も店舗も撤退。現在は淡路に隠遁。
 古物商といっても、中古・リサイクルもあれば、ガラクタもある。古美術・骨董というご大層なものもある。間口が広くて奥が深い。ゴミの森から博物館に収まる美術工芸品も出てくる。著者が扱ったのは庶民が使う生活の器だが、そこに「美」を見つけ出し、世に出す「骨董屋の密かな愉しみ」を味わった。出会った先輩同業者、客との触れ合いなど、「どん底を見たオッサンの再生の物語」である。
著者は趣味で約30年李朝陶磁器を蒐集していた。韓国の博物館で大壷に魅せられた。
チマチョゴリに隠された女人の乳房を盗み見たようなうしろめたさをおぼえた。優美でありながら官能を秘めていた。『満月の壷』という。うっすらと象牙色をおびた白だった。いつかこの手で確かめてみたい。できるなら抱きしめて添い寝をしてみたい……」
 著書に、『宮大工西岡常一の遺言』(彰国社)、『李朝白磁のふるさとを歩く』(洋泉社)がある。

荻原魚雷
『活字と自活』 本の雑誌社 1600円+税
 1969年生まれ、フリーライター。著書に『古本暮らし』(晶文社)、編著に『吉行淳之介エッセイ・コレクション』(ちくま文庫)。「sumus」同人。

フリーライターという仕事を一般化するのはむずかしいのだが、わたしのまわりで長く仕事を続けている同業者はお金と関係のないことに夢中になるタイプが多い。商業誌の仕事をしながら、ミニコミを作る、わけのわからないイベントをやる。採算を無視した取材をしたり、資料を買ったりする」
 あの顔、この顔が思い浮かぶ。
「何度も無収入にちかいような時期を経験してもやめない。
たまたま運がよくてどうにか食えているというところもないわけではないが、それだけではないと思う。
目的地に向かうのに、快速電車ではなく、鈍行電車に乗る。
新幹線の指定席の切符が買えなくても、平日の午後なら自由席でもかまわない。
昼過ぎの鈍行電車でも目的地に着く。
なんだったら途中下車してもいい。寄り道しながら、抜け道を探す。行き止まったら、引き返す。道に迷うことで知らない場所にたどりつくこともある」
 フリーランスを気楽・気ままと思うなかれ。矜恃と覚悟、逆境を楽しめる度量がないとやっていけない。

梯久美子
『昭和二十年夏、女たちの戦争』 角川書店 1700円+税
 昨年の『昭和二十年夏、兵士たちの戦争』に続く記録集。当時の若い女性たちと戦争について考える。
 女性に戦争を語ってもらうと、彼女たち自身のことではなく彼女たちから見た男たちの戦争になる。「軍国の母」とか「銃後の守り」とか。10代・20代の独身女性たちは戦争の時代に何を見、どう生きたのか? 彼女たちの青春は何だったのか? 5人にインタビュー。
 近藤富枝(作家)…… 実らないのよ、何も。好きな男がいても、寝るわけにはいかない。それがあのころの世の中。それが、戦争ってものなの。
 吉沢久子(評論家)……空襲下の東京で、夜中に『源氏物語』を読んでいました。絹の寝間着を着て、鉄兜をかぶって。本当にあのころは、生活というものがちぐはぐでした。
 赤木春恵(俳優)……終戦直後の満洲ハルビンソ連軍の監視の下で、藤山寛美さんと慰問のお芝居をしました。上演前に『インターナショナル』を合唱して。
 他に、緒方貞子吉武輝子
 著者は茨木のり子の詩「わたしが一番きれいだったとき」を引く。戦争、敗戦、戦後と時代に翻弄されたが、最後の一節で彼女の勁さが表現されている。
 わたしが一番きれいだったとき わたしはとてもふしあわせ わたしはとてもとんちんかん わたしはめっぽうさびしかった だから決めた できれば長生きすることに 年とってから凄く美しい絵を描いた フランスのルオー爺さんのように ね

◇イベント 『神戸らもてん』 7.23(金)神戸アートビレッジセンターの「トークショー」は満員、締め切りとなりました。「遺品展示会」はご覧いただけます。
◇今週のもっと奥まで〜
林真理子『本朝金瓶梅 お伊勢篇』 文春文庫 543円+税
 中国古典『金瓶梅』は、「淫書」、いや「人間社会の実相を辛辣に描いた文学史上に輝く古典」と、評価が割れる。鷗外先生は「けしからぬ」と怒った(以上解説の川西政明さん)。
 真理子版は設定を江戸に置いた悪と色の物語。主人公は札差慶左衛門(以下「慶」)、妾おきんとおりん。おきんは策略をめぐらせおりんを殺す。「慶」はおりんを遠ざける。「慶」のPはふたりの女がいなくなり、新たに女を求める。またも悪女お六が登場。「慶」のPは不能となり、治癒のためにお伊勢参り。旅先で「筆○○○の神様」初雪に出会うが、彼女は超多忙。
 引用は紙版でたっぷり。
(平野)