奥の院 第49号

江國香織

週刊奥の院 第49号 2010.4.2
◇4月のブックフェア
■「かいぶんどうのえろほんフェア」
東入口 4/1〜30 
電子書籍やネットで読む時代、そんなんで「エロ本」読めるか? 
「紙に印刷された文字を読むという行為をあらためて愉しんでいただけるはずです」と担当者。
私の名誉にかけて申しますが、このフェアは私とちゃいます。私なら、もうちょいロマンチークなことばを考えますな。犯人は「赤ヘル」です。海文堂でかなり毒されたよう。あんたは「モダニズム」とか「関西文学」をやらなあかんやろ? 
■「春のおべんとうフェア」
階段下 4/1〜30
おべんと持ってどこ行こー? 「弁当男子」ということばができているそうで、私は、さしずめ「弁当オヤジ」。『男前弁当』とはどんなんでしょう?
■『目の眼』バックナンバー&骨董
西入口 4/1〜30
恒例の『目の眼』バックナンバーを中心にした「骨董フェア」。今回は懐かしい「京都書院アーツコレクション」と「京都・青幻舎ビジュアル文庫」が花を添える。これは私。なかなか渋いと思うが。
■「東京大学出版会 学問の入口 2010 LIVE 東大人気講義」
 レジカウンター 4/1〜30
◇人文社会
藤原書店創業20周年記念出版 A・コルバン、J‐J・クルティーヌ、G・ヴィガレロ監修 『身体の歴史』全3巻 第1巻 『16−18世紀 ルネサンスから啓蒙時代まで』6800円+税
続刊 第2巻「19世紀 フランス革命から第一次世界大戦まで」 第3巻「20世紀 まなざしの変容」 
全3巻の主題
1 科学とくに医学が身体の構造と病をどのように捉えてきたか。
2 セクシュアリティーの領域
3 芸術と関わる身体
4 鍛えられ、訓練される身体
 訳者のひとり小倉孝誠慶應義塾大学教授(フランス文学・文化史)のことば。
 われわれはみな身体によって生き、身体によって活動し、身体によって他者や世界と関わりをもち、そして身体の機能停止によって死を確認される。身体はわれわれにとってもっとも根源的で、もっとも近しいものである。しかし、もっとも自明な所与というわけではない。自分の身体が、あるいは他者の身体が実在するということは経験的に明らかなのだが、意識や感覚や思考をとおして身体を認識するしかたは、個人によって、社会によって、そして時代によって異なる。その意味で身体とは自然と文化、現実と想像力が遭遇する場にほかならない。
 ■ヴァージニア・スミス『清潔の歴史 美・健康・衛生』東洋書林 3800円+税
予防医学歴史研究、ロンドン熱帯医学研究所研究員。

第1章 生物としての身体 第2章 化粧 第3章 ギリシアの衛生 第4章 ローマ風呂 第5章 禁欲 第6章 中世の道徳 第7章 プロテスタント的養生法 第8章 清潔は市民の美徳 第9章 健康十字軍 第10章 美しい身体
解説の鈴木晃仁慶應義塾大学教授(科学哲学)による。
 清潔、クリーン、きれい……、日常生活で当たりまえに使う言葉だが、多義。
〈clean〉澄んだ、汚れない、清潔な、(宗教的・道徳的・性的に)清らか。日本語化した「クリーン」でも、有害ではない、悪いものではない、などと物質にも精神にも社会にでも使われる。「きれい」となると、華やか、美しいという意味もある。女性は朝化粧をして「きれい」になり、夜化粧を落として「きれい」にする。
 言葉だけ見ても、このように多義的で、歴史の積み重ねのあるもの。私たちが、自分を「きれい」にしようと思って行うことが、歴史の中でさまざまな力によって形成されており、非常に複雑な背景を持っている。
 ■奥山直司、雲藤等、神田英昭『高山寺蔵 南方熊楠書翰 土宜法龍宛 1893−1922』藤原書店 8800円+税
 ♪京都栂尾高山寺♪と思わず口ずさむ。明恵上人やら「鳥獣戯画」で有名なお寺。
 2004年その寺で発見された書翰45通。
 僧・土宜法龍(1854−1923)が、1893(明治26)年ロンドンで熊楠と出会う。万国宗教会議に参加し、そのまま世界一周の途中。法龍は真言宗のエリートで、福澤諭吉門下のモダンボーイ。熊楠と意気投合し、最晩年まで交流は続く。法龍は帰国後、高山寺の住職を勤めている。熊楠の書翰の内容は、真言密教の教理、教育論、霊魂論など。本資料によって熊楠研究は「新たな段階に入ったと言っても過言ではない」くらい価値あるものと編者。
 ■デビー・ネイサン『1冊で知るポルノ』原書房 1500円+税
 女性ジャーナリスト、編集者、翻訳者。専門は性、移民問題
 性犯罪は、すべてポルノの影響か? ポルノと正しくつきあうとは? そもそもポルノとは? 歴史。ファンタジーとしてのポルノ。男だけのものか? ポルノビジネス。ポルノの未来など。
 解説の松沢呉一
 「日本じゃ暴力やポルノが蔓延している。世界中にこんな国はない」とよく言われる。確かに、アメリカの地上波テレビでは裸も暴力もない。しかし、CATVでは24時間ポルノが流れている。映画館も同様。「つまり、アメリカにおいてはメディアごとのゾーンニングが徹底していて、誰もが見る(見てしまう)可能性のある地上波のテレビで排除されているだけのことで、(有料のCATVや映画などの)自分の判断でそれぞれの作品を見る場では表現の自由が確保されている」
 国によっては地上波でも時間帯を区切ってポルノを放送している。「子どもが見たらどうする」など愚問で、子どもをしつけることができない親が無能、そんな親のために表現が規制されることのほうがおかしいという考え。
 海外のメディア関係者が驚くのは、日本の性産業――なんでもかんでもビジネスにしてしまうこと。あちらでは、SMでもスワッピングでも同好の士が集まってパーティーを開く。個人の嗜好でつながるだけでビジネスは介在しない。
日本で暴力的ポルノや変態的ポルノが流通しているにもかかわらず、性犯罪が少ない国として著者が取り上げていることについて。
「ファンタジーとしてのポルノを楽しめるリテラシーを身につけている日本人は、性犯罪には走らないと言ってよい」
 もちろん犯罪はある。
「性犯罪の多寡はポルノに左右されるのではなく、それ以外の環境によるところが大きいってことなんだ。それをすべてポルノに押し付けようとする浅薄な人々は、ポルノを楽しむリテラシーを身につけられなかった哀れな存在であり、彼らは性犯罪の本当の理由を見極めることを避け、表現の自由さえも殺そうとしている」

 「奥の院」にとって力強い助言であります。

■田口久美子『書店員のネコ日和』ポプラ社 1500円+税
ジュンク堂池袋店副店長。「ネコエッセイ」と侮るなかれ。ちゃんと本屋や本の話がからめてある。けれど私はパスして、後半の「事件帖」を読む。新規店の準備・応援やハード・クレーマーの話に驚くばかり。難解な問い合わせに、思わず「田口考案のクイズ?」かと。『アライグマの般若心経』「情事OL」「岩波文庫青のタケノコ」など。爆笑してはいけない、お客さんは真剣なんだから。
■岩波棚で発見。 片山正彦『ここに記者あり! 村岡博人の戦後取材史』岩波書店 1900円+税
「戦闘的リベラリスト」と呼ばれる、元・共同通信記者。引退後もジャーナリストとして活動する、現在78歳。
装画・装丁は成田一徹。カバーの切り絵は「リクルート事件を取材中の村岡記者」。
『ほんまに』セーラ編集長が教えてくれるまで、私、気がつかず。いつものトホホ。
◇今週のもっと奥まで〜
江國香織『真昼なのに昏い部屋』講談社 1400円+税
大学で英文学を教えるジョーンズ、離婚経験あり、子どもたちとは年1回帰国して会う。50代後半。日本の文化と暮らしが大好き。恋人らしき女性も。でも本人が気になるのは近所の主婦・美弥子。家事を懸命にしている人。顔見知りだったが、親しく話したのは語学学校のパーティ。ふたりとも「ゲスト」「よそもの」。なんとなく話しこむ。彼女も彼に好印象をもつ。彼の趣味は「フィールドワーク」というご近所散歩。彼女を誘う。たびたびの散歩が噂になり、夫の耳に。夫は浮気と誤解し、喧嘩。彼女は家を飛び出し、彼の部屋に。まだ、そういう関係にはならない。翌朝、夫の居ない時間に家に戻るが、昨日までと違うと感じる。すべてが自分を拒絶していると。
「私、世界の外へでちゃったんだわ」
 再び彼のもとに。
◇雑記
1 『ほんまに』、4月1日発行予定が10日に延び、さらに20日に。内容充実を目指して、原稿遅延。アイツにコイツにソイツ、ほとんどそうか。ゲストはみんな締め切り守っておる。セーラ編集長の顔に笑みが残っているうちに出せよ。ひょっとして、みんな編集長に怒られたい?
2 「花冷え」というきれいな日本語がありますが、寒かったですな。先日帰宅すると美人妻が怒っています。
「もうー腹立つー!」
私、自分が怒られるのかと思ったら、ちがっていました。職場から帰る時、あまりの寒さに「腹立つー! なんでこんな寒いん!」でした。今年の「花冷え」は、我が家では「美人妻腹立ち寒波」と記憶されることでしょう。
3 教科書業務もなんとか終わり(担当者はまだ残務がたいへん)。思い返してみて今年の業務をどう表現すべきか考えました。どーでもええことなんですが。昨年は、新設校で机も備品もない教室での作業に疲労困憊、「バイト君下着露出騒動」と、みごとに記憶されています(詳細はHP「本屋の眼56」http://www.kaibundo.co.jp/honyanome/2009_05.htm)。
今年は、予定・期待していた男子2名、ひとりが「崖っぷち就活」、もうひとりが「花粉症&風邪引き」でアウト。バイト君担当私の責任問題です。何とか人を手配せねば。ちょうどバイト面接に来ていた男子をタコ部屋に放り込むこととなりました。いきなり当店最多荷物の学校でした。彼にとっては地獄からのスタートです。「新人恨みの蛸壺教科書」と記憶いたします。あくまで私の覚書ですので、当店の公式見解ではありません。
4 運のついた話聞く? IUF(犬のウンチ踏んじゃった)。歩いていて違和感なく、なかなか気づかず。なんか臭う、おかしいと、で、靴底を見たらちょこっとうまい具合に土踏まずの窪みにくっついていました。何十年ぶりか、私ら子どもの頃はしょっちゅう踏んでました。ロバや馬の糞もそこらに落ちていたもの。
(平野)