第42号

週刊奥の院 第42号 2010.2.12
◇神戸の本
ランボー全詩集 河出文庫 1100円+税
訳は鈴木創士、東灘区在のフランス文学者。知性溢れる風貌で男女問わずファンが多い。通称「創(そう)サマ」。海文堂周辺だけかも。一方「タダのスケベなおっさん」の評もある。私は後者派。あんまり持ち上げてはイカン。ありのままの姿を見よう。
創サマ、河出文庫からジュネ、アルトーソレルスを新訳で出している。
ランボー、計り知れない影響を与え続けている「天才詩人」。その作品はもとより、20歳で文学をきっぱりと捨てたことの謎に人々は魅せられる。「もしランボーが文学との決別の後に詩を書いたとしたら?」と問い立てたがる。
創サマの考えは、
「『ある地獄の季節』(創サマ訳)と『イリュミナシオン』のような作品を書いた後に、ランボー自身を含めて(原文は傍点)、いったい誰に、いったいどんな作品を書けというのか」
詩の世界で生きたのは5年。
アルチュール・ランボーはそこかしこをただ通り過ぎただけである」
『ある地獄の季節』にある。
「おれの一日は終った。俺はヨーロッパを去る」
アフリカ放浪、商売失敗、病、右脚切断、37で死んだ。
創サマの訳は、「文意に可能な限り忠実に」「ビートニックな『リズム』をできるだけ再現」している。「訳注」を一切つけず、読者に「直接ランボーの文章の中に入り込んで、その息吹を感じ取ってもらうこと」を望んでいる。
■『今日もきっといいことがある 隅野由子作品集』あいり出版 1500円+税
西区在住、1985年生まれ。ダウン症の書家・水墨画家。小さい頃からピアノ・バレーを習い、高校時代にオーストラリア留学、そこで書と墨画に出会った。ご家族や指導者が暖かく見守っておられることが分かる。8年間で創作した100点から49点を収録。
原画展を開催中。神戸では、ジュンク堂三宮店で3/1〜14。
◇新入荷
■『sumus 13 まるごと一冊晶文社特集』 発行・スムース 発売・みずのわ出版 1500円+税 A5版と思っていましたら、「ハヤカワポケミス」サイズ。
内容については“赤ヘル”が書いてはいるが、エライあっさり。私は中身関係なく。通常「みずのわ」の本は世界一速く入荷する。地元&直仕入の強味。今回発行元が京都「古書善行堂」内にあるので、あちらが世界一となった。たまには二番でもええやん。皆さんにとってはドーデモエエ話ですな。
◇人文社会
渡辺京二『黒船前夜 ロシア・アイヌ・日本の三国志洋泉社 2900円+税
第一章 はんべんごろうの警告 第二章 シベリアの謝肉祭 第三章 日本を尋ねて
第四章 蝦夷大王の虚実 第五章 アイヌの天地 第六章 アイヌ叛き露使来る
第七章 幕府蝦夷地を直轄す 第八章 レザーノフの長崎来航 第九章 レザーノフの報復 第十章 ゴローヴニンの幽囚 エピローグ
日本北方における対外交渉――ロシアの交易要求――を世界史的視点でみる。
ロシアのオホーツク港からカムチャッカ半島への航路は1717年開通。シベリア・カムチャッカ・アラスカにおよぶ極東経営は毛皮獣捕獲。そのための食料・物資の補給・輸送は困難を極めた。日本との交易を望むのは当然。クナシリの住民は既にアイヌと交易していたし、アイヌが誰の支配も受けない民であることを、ロシアは知っていた。日本から見れば、ロシアの要求が交易だけですむとは思えない。千島・樺太を含める蝦夷地は誰のものか、どこの領土か。アイヌにはそのような観念はなかった。ロシア・日本によるアイヌをめぐる相克が始まる。
さて、第一章の「はんべんごろう」とは何か? 1771年、国籍不明の船が阿波の港に入り、長崎オランダ商館長宛の手紙を託す。同船は奄美にも出現、同じく商館長に手紙。いずれも長崎に届き、商館長が訳し長崎奉行を経て幕府に伝わる。
手紙はドイツ語で、食料と水の不足と救助を訴えたと思えば、入手できマカオに向かうと。発信者はバロン・モーリツ・アラアダル・ファン・ベンゴロ、ローマ帝国陸軍中佐。手紙の中に、ルス国が船で日本を巡察し、来年松前と周辺を占拠する計画で、すでにクルリイスに砦を築き武器を集め……。
商館長はドイツ語に堪能ではなく、北方事情にも疎く、文意もいまひとつ。「クルリイス」は「クルリ」で千島のこと。何より「ベンゴロ」は「べニョフスキー」だった。
幕府はこの手紙をまともに受けず隠したが、世間に洩れる。知識人が警告を発する。ロシア南下による「北方問題」である。
しかし、情報はガセだった。
「べニョフスキー」はヨーロッパでロシア軍と戦い、捕虜になりカムチャッカに流刑されていた。同志と反乱を起こし、ロシアの船で脱走してきた。彼にはさまざまなエピソードがある。詳しくは本書を。
◇純愛物語 
■はらだみずき『赤いカンナではじまる』祥伝社 1429円+税
書店を舞台にした2作品を含む恋愛小説集。他の作品も出版社員が主人公。
ある営業さんが著者と知り合いで、著者も元出版営業マンと教えてくれた。表題作品に三宮の書店が登場して、「三宮ブックスでは?」と。
営業マンが狂言まわし役。ヒロインは東京の書店を辞め(そのわけが核心)、大阪の実家に戻る。なじみの営業マンが三宮の書店で棚の構成から彼女の存在を感じ取る。
「作本(営業マン)は昼過ぎに神戸の三宮に着くと、センター街の主要な店を回り、その後、遅い昼食をひとりで摂り、いつもは営業しない阪急電車の高架下にある小さな老舗の書店に入った。その店は震災後かなり長い間、休業していたらしい。店には児童書のコーナーは無く、作本の主要営業品目である絵本の棚もなかった。客層とスペースの関係で、雑誌のほかは、文芸書を含めた一般書と文庫が中心の六十坪ほどの店だった」
ヒロインの存在を確信。
「作本は自信に満ちた思いで、すぐに出版社の営業マンの顔にもどった。ちょうどそこへ店主らしき五十歳前後の男が帰ってきた」
作本は挨拶して、文芸担当者に会いたいと告げる。店主は、小さい店で担当なんて……、と伏し目がちに言って店の奥へ。レジの女性が担当者の名前と休みであることを教えてくれる。
「三宮ブックス」と断定できぬ。やはりフィクション。でも、なぜヒロインを三宮に勤めさせたのか、何か思い入れがあったのでしょう。
恋の結末は、読んでみてくださいな。
◇今週のもっと奥まで〜
小池昌代『タタド』新潮文庫 362円+税
2007年川端康成賞受賞作。
海辺のセカンドハウスで暮らすイワモト(TV局プロデューサー)と妻スズコ。遊びにくるのは元編集者・オカダ(スズコの元同僚)と女優タマヨ。50代4人、楽しく過ごした翌朝遅い朝食。ノルウェイの歌手のCDを聴きながら、タマヨが踊りだし、次々に。
「何かが決壊したとスズコは思う。始まった以上、それは停められない。終わりが始まったのかもしれなかった」
「タタド」とは「終末」のこと……ウソでっせー、地名らしい。
(平野)2・11にアップしたのに、権力の陰謀か単なる操作ミスか、消えてしまった。記憶を頼りに書き直しましたが、当日のとは若干違っております。ご了承ください。