■『新版 馬車が買いたい!』 鹿島茂 / 白水社 3200円+税
 鹿島さんの事実上の処女作、19年ぶりに新版、未収録原稿3篇追加。
 バルザックフロベールユゴースタンダールらの作品に登場する青年たちの、上流階級・富に対する羨望と野心を通して、19世紀パリの風俗・世相を描く。その象徴が馬車。
 当時の移動手段は圧倒的に「徒歩」。たまに「乗合馬車」。フランスでの鉄道登場は1837年、パリ市民は郊外への行楽に利用したようだが、安全性や快適性は、まだない。
日曜日、シャン=ゼリゼに貴族や大ブルジョワたちの豪華な馬車が集まり、「いわばファッションショーと自動車ショーが合体したような富の顕示の絶好の機会となっていた」。野心ある青年たちは、シャン=ゼリゼをぶらつく自分と馬車の上流階級を比較、貧富の差を強く認識する。
 最新流行の服と上品な仕草を身につけても「馬車を持たないダンディーというものは存在しなかった」。
 馬車や馬は単なるステイタスではない。シャン=ゼリゼ通りは、当時生ゴミと泥で、「舗道を歩けばたちまちダンディーの装束は台なし」になった。
 馬車の値段は現在に換算すると3000万円という額。現代の自動車と比較できない。ゾラの『ナナ』が伯爵の愛人になったときの馬車と馬の費用は、推定3億円だそうだ。青年たちは当時のタクシー、「辻馬車」を利用する。
 文豪が描いた青年たちの物語は、「ひとことで言えば『馬車が買いたい』という欲求を満たそうとして、上流社会や自らの自尊心と格闘するドラマであると断言することができる」。
 他に、食生活――レストラン・自炊・賄い食堂、パレ・ロワイヤル――ファッション・売春・美食、グラン・ブールヴァール――盛り場・仮装舞踏会・犯罪、など資料と図版を駆使する。
 鹿島さんも1990年パリ滞在中、馬車のオークションに参加できそうだった。金額100万円ほどの目算。鉄道で数時間の地、革命記念日の祝日ダイヤで残念ながら間に合わず。
「買いたい!」(馬はどうするんだ?)


(平野)